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連載小説「オボステルラ」 16話「ゴナンの人生」1


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登場人物


ゴナンの人生

 あの大きな鳥の訪問に、村は大きく揺れた。
今回は鳥を多くの村人が見た上に、お屋敷様やその召使いすら目にしていた。どうなるのか、これ以上の不幸が起こるのか、そう震える村人達を兄弟達は鼓舞して水路作りを継続しようとしたが、“占い師“”のリカルドが居なくなったことを知り、さらに村人達はおびえる。

「アドルフ、なぜ占い師様はいなくなったんだ。彼はこの村のために来てくれたんじゃなかったのか?」
「え…と、彼は、もうこの村での使命はやり遂げたのです。また次の場所に求められているから…」
「でも、鳥と一緒に居なくなったじゃないか。鳥が来たせいだ。これは、私たちに起こる不幸の始まりだ…」

 本来はここまで“信心深い”人々ではなかったはずだ。でも、このような特殊な状況で、この素朴な人々が少しでも考えることを止めてしまうと、とたんに皆が1つの方向へと向き始めてしまう。誰もが大きな声を挙げて、我が身を嘆きながら、震えるだけの日々になってしまった。
(まあ、これは俺たちの責任もあるのだけど…)
 そうして、アドルフは元気のないゴナンの様子をチラリと見た。平静を装っていて、相変わらず家のことはこまめにやってミィの面倒もよく見ているが、やはり覇気がない。こちらも心配だ。
(いや、でもゴナンはもともと覇気がない子どもだったな。あんなものだったかな? うーん、どうだっただろう…)
 以前のゴナンの姿が思い出せないほどに、リカルドがいたこの1ヵ月の時間は大きかった。

「兄ちゃん、俺、泉を見てくるよ」

 リカルドが旅立って1週間。ゴナンはアドルフにそう声をかけた。
ここのところ、ゴナンは毎日のように泉を見に行っている。しかし、ただ「鳥を見た」ということだけなのに村人達の気力は潰え、今は水路作りはほとんど止まってしまっている。統率する者がいないこの村ではこの事態を動かしようがなく、今日も何も作業は行われていないだろう。それでもゴナンは泉の縁に座って、手に何かの布を握って、ただぼうっと水面を眺めているのだ。

「あ、ああ。今日は俺も一緒に行っていいか?」

そう言ったアドルフに、ゴナンは無言で頷く。
泉に着くまでの間も、ゴナンは言葉少なだ。
(元々あまりしゃべらない性格だったけど、リカルドさんがいるあいだはものすごくおしゃべりだったもんな…。元に戻っただけ、なのかな…?)
「……なあ、ゴナン。鳥に人が乗っているのを、しっかり見たんだってな。兄ちゃんの予想は外れていたな」
「…うん…」
「女の子だったって、言ってたな。1年前もそうだったね。同じ子かなあ」
「……」
ゴナンは、当時のことを思い出していた。この前見たあの少女は、深緑の髪の毛に、瞳の色まではっきり覚えている。1年前は…。
「あ…」
はっとゴナンは、アドルフの方を向いた。
「髪の毛の色が、違った気がする。前は茶色い髪だったような…」
そう言って、ゴナンはまたうつむいた。
「……リカルドさんに教えてあげればよかったな…。今さら、遅いか…」
「また来るって言ってたから、そのときに教えてあげればいいさ」
ふらっと気軽に立ち寄れる村ではないことは、二人とも分かってはいたが、ゴナンはそうだねと頷いた。
やがて、泉が見えてくる。が…。

「…! え?」

 アドルフは慌てて泉に駆け寄った。昨日まで溢れるほどに満ちていた湧水の水面が、見えない。のぞき込むと、窪地の半分ほどに水位が下がっている。

「……水が、減っている」

ゴナンも、呆然として泉を見下ろす。
「1日で、こんなに…?」
アドルフは泉をぐるりと回って様子を見てみた。掘った穴から湧き出る水の量が減っている様子だ。
(地下の水脈の水圧が落ち着いて水位が下がっただけならいいが…、もし、もっと源の方に何かが起こっているのなら、このまま減り続けてしまうかもしれない、そしたら…)

「これは、まずいぞ…」

アドルフがぼそりと呟いた言葉を聞き、ゴナンは立ち尽くした。
「…ゴナン、ひとまず、水を家にある樽に注げるだけ注いで貯めておこう。他の家にも、知らせて回るんだ。動けない人の分は、水汲みも手伝ってあげよう。念のため…。心配しすぎだったら、それだけのことだから…」
 ゴナンは頷いて、すぐに駆け出した。


 が、アドルフの悪い予感は当たってしまった。
日が経つごとに、泉の水位が減っていったのだ。3日後には兄弟で掘った穴の入口まで水が引き、5日後には、穴の中まで降りないと水を汲めなくなっていった。そして…、
「…だめだ、水がもう、ない」
 1週間後。穴の中に降りたオズワルドが、そう伝えてきた。試しに穴の底を少し掘ってみたが、また水が湧き出る気配もない。あっという間に、この泉は枯れてしまったのだ。

「ああ…、やっぱり、あの鳥が来たから…」

村人の一人が、穴の横でがくりと膝をつく。
「鳥の背に乗っていたという少女は、魔女ではないのか? なんでこの村ばかり、こんな目に遭わせるんだ…。なあ、ゴナン、どんな女だったんだ」
そう言って、隣に立つゴナンに迫った。
(魔女…?)
 年齢はゴナンと同い年くらいだろうか。大きな瞳がくるっと動いて、美しい髪が揺れて、利発そうな雰囲気だった。ゴナンにもそうとわかるくらい、すごく仕立ての良い服を着ていた気がする。背はゴナンよりだいぶ小さかったが、しゃんと伸びた背筋が好ましかった。鈴のような声だった。あれが、あれが魔女…? 一瞬しか見ていないが、そんな悪辣に語られるような人なのだろうか。
「……」
 無言のままのゴナンにしびれを切らし、男性はアドルフや双子に鳥の呪いについて語っている。あんなに潤沢にあった美しい水が、あっという間に消えてしまったダメージは大きかった。村人達はもちろん、兄弟達にとっても。

 と、そこに1人の男性が現れた。お屋敷の門番をしている、あの壮年の無愛想な男性だ。彼はアドルフを呼んだ。
「……え、本当ですか?」
彼と何かを話したアドルフの顔面が蒼白になる。
「どうした、アドルフ」「お屋敷様が何か?」
門番が立ち去り、アドルフは呆然とした表情で戻ってきた。双子が尋ねる。
「……いや…」
アドルフはその場にいる人間を、ちらりと見回した。皆に言うべきか少し躊躇ちゅうちょしたのだが、いずれわかることだろう。

「…お屋敷の井戸も、涸れてしまった、と…」
「……!」

 鳥の呪いだ!と先ほどの男性が叫び、集落の方へと走っていった。兄たちは何かを議論しているが、ゴナンは立ち尽くして、動けなかった。

(…今回はお屋敷様も鳥を見たと言っていた。…やっぱり、鳥の呪いは、あるんだ…)

 せっかく、知識がこの村に届いて、あんなに頭をひねって、体をたくさん動かして、いろんな人の力も借りて、やっと水を掘り当てたのに。何かの大きな力であっという間に踏みつけられへし折られてしまう。
自分たちが成し遂げたと思っていたことが、恐ろしく矮小なことに感じて、ゴナンは絶望した。

(俺には何もできない…。泉が、消えてしまったのに、どうすればいいか何もわからない…)


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