連載小説「オボステルラ」 【第二章】21話「熱」(3)
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ミリアは勢いよく、言葉を続けた。
「でもね、それだけじゃないの。彼女に話を聞いてみたの。エレーネは旅をして回っていて、そして巨大鳥と卵に興味があるそうなの。リカルド、あなたたちと同じよ。今は一人旅だそうだけど、とくに一人であることにこだわりはないとも言っているわ」
「え、巨大鳥と、卵、を…?」
そう聞いて、リカルドはチラリと、ソファ席の方にいるロベリアの方を見た。こちらを気にしてはいるが、話の内容までは聞こえていないようだ。
と、エレーネがふと、ミリアの言葉から何かに気がついて、リカルドに尋ねた。
「…リカルド、巨大鳥…。もしかしてあなた、リカルド・シーランス博士?」
「え、ああ、そうだけど…」
「驚いたわ、ええと、これ……」
そう言って、エレーネは自身の荷物から1冊の書物を取り出した。
「これ、あなたが書いた論文の写しよ。これを元にして、私なりに解釈を加えながら、鳥の姿を求めて追っていたの」
「え! 僕の論文…? 自然学や地質分野ではなく、巨大鳥の…?」
リカルドの表情が嬉しそうに輝く。他の専門分野ではそこそこ実績を上げて論文も評価されているリカルドだが、ライフワークにしている巨大鳥に関する研究はほぼ誰にも興味を持たれておらず、論文もぞんざいな扱いを受けているのだ。
「まさか、僕の、巨大鳥の方の論文を、わざわざ写して持ってくれている人がいるなんて、いやあ、うれしいなあ…」
リカルドはホクホクな顔になって、ニコリとミリアに声をかけた。今まで見たこともない、満面の笑みだ。
「……まあ、運良く、彼女はいい人、のようだからよかったけど、本当に気をつけてね」
「え、ええ……」
「ただ、それと、君を旅に同行させるかどうかは別問題だからね…」
「……」
じっとリカルドの目を見上げるミリア。何かを多弁に語る大きな瞳から目をそらした。
リカルドは再び、エレーネに話しかける。
「ところで、その背負っている荷物の感じだと、この街に着いたばかり?それとも、もう出発するところだった?」
「いいえ、どちらでもないわね。この街には数泊するつもりで宿も取れていたんだけど、昨晩、厨房が爆発したとかなんだかで追い出されてしまって、野宿せざるを得なかったの。今日もなかなか、空いている宿を見つけられずにいて」
「あ……」
リカルドとミリアは顔を見合わせる。ここにきて、ミリアの「引きの悪さ」がしっかり反映されているようだ。2人はそのまま、ナイフの方をじっと見た。
「……分かったわよ! うちの2階に泊まりなさいよ。どうせ、お客さんは入れられないんだから」
「ここの2階って、酒場の貸部屋じゃないの? そんな所に女一人で泊まるだなんて……」
戸惑うエレーネに、ナイフはきっと目を遣った。
「そうよ、エレーネ!」
「…?」
「それが常識的な反応なのよ! あなたが正しいわ」
ナイフはここ数日の苦労をしみじみと思い出しつつ、エレーネの肩に手を置く。
「ともかく、うちの貸部屋は開店休業状態だし、もうすでに先客でお子様達が泊まっているから、気にしないで滞在なさって」
「あ、ありがとう…、助かるわ…」
エレーネは首を傾げつつ、ナイフに礼を述べた。
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と、奥から「おはよーございまーす」とヒマワリが出てきた。
「ふわー、みんな早いね~。ロベリアちゃん、こっちにいたんだ。ん?」
ヒマワリはエレーネを見て、首を傾げる。
「あれ? 今度こそ、新入りさん? クールビューティ系を補充するの?」
「そんな訳ないじゃない。彼女はれっきとした女性よ。私の個人的なお客様だから、失礼のないようにね」
「はーい」
そう言いつつ、エレーネに近づきジロジロと見るヒマワリ。彼よりエレーネの方が背が高く、見上げるような格好になっている。
「……ヒマワリちゃん……。失礼のないように、って言ったんだけど」
「ゴメンゴメン、ナイフちゃん。いや、美しすぎて、ついつい見とれちゃった。女装の参考にしたくて。でも、素材が違いすぎるなあ。すごい美女だよね、リカルドさん」
「ん? ああ」
「……?」
ヒマワリの問いかけに、リカルドは薄い反応。ナイフはため息をつく。
「…ヒマワリちゃん。前にも言ったけど、この男はそういう感性は枯れきっているのよ。そこで会話は膨らまないわよ」
「へー、ほんとつまんない男だね。さ、ロベリアちゃん、お昼ご飯いっしょに食べよー」
そう言って、ソファ席でずっと座っていたロベリアの手を引く。ロベリアはまだ一人でいたそうだったが、渋々奥へと引っ張られていた。リカルドはその後ろ姿を、また少し警戒しながら見送っていた。
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「あの、リカルド、こちらを…」
エレーネを2階へ案内しようとしたとき、ミリアが手に持っていた紙袋をリカルドに手渡した。その中には、あの高級果実・マルルの実が2個入っている。
「あ、これ…」
「先ほどお医者様が、ゴナンが果物を口にできればいいとおっしゃっていたから…」
(これを買うために、慌てて両替に行ったのか…)
この高価な果物を躊躇なく2個も買ってしまうのが、まさに王女様という感じだが、身分を感じさせない健気な様にリカルドは思わず微笑んだ。
「ありがとう、ゴナンが好きな果物なんだ、喜ぶよ」
「あの、それでね。昨日ゴナンがお買い物していた屋台で買ったのだけれど、そこのおじさまが覚えていらして、『あの男の子はこの実も好きなはずだから』って、こちらをオマケにつけてくださったの」
そう言ってもう一つの袋を差し出す。そこには4つのゴンの実。あの屋台の主人にしてみれば、2日で3個もマルルの実が売れれば(しかも恐らく、ゴナンもミリアも言い値で買っている)、大もうけでオマケもあげたくなるだろう。
「それは嬉しいね。ありがとう」
「マルルの実の皮をむいてくださる?」
そう、ミリアは口にしたが、すぐにあ…、と口を押さえた。
「…いえ、間違ったわ。ごめんなさい」
「?」
「…あの、わたくし、包丁を扱ったことがないの。皮のむきかたを教えてくださる?」
なるべく「普通のミリア」でいようと努力する様子に、リカルドはつい、ミリアの頭を撫でてしまう。
「…あ! 失礼。不敬だった」
「リカルド。わたくしは『影武者の普通のミリア』よ。普通の15歳の少女に対して、不敬も何もないわ」
そう背筋を伸ばして答えるミリア。どうしても、にじみ出る品格は隠せないのだが。
「ふふっ。そうだね。でも、包丁を持つのも始めての人に果物の皮むきは危ないから、今回は僕がむくよ。機会があれば、教えるから」
「それは、一緒に旅に出てからってことかしら」
「……」
しかもなかなか、手強い。リカルドはニッコリと笑顔ではぐらかし、エレーネを2階へと案内した。
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