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連載小説「オボステルラ」 【第二章】22話「熱」(4)


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第二章の登場人物




 「…もう、みんな死んでしまったよ…」

 兄のアドルフが、骨のような体で、ゴナンにすがりついてくる。

「あの鳥の呪いだから仕方が無いんだ。みんな死んでしまった。ゴナン、お前以外は…」

 ゴナンの周りには、兄たちの、母の、村人達の屍が横たわっている。カラカラに乾いた村。地面はひび割れ、家は崩れている。生きているものは、なにもない。色が失われた村。まぶしい、足元には強い影が落ちている。

「ゴナン、よかったな、逃げられてよかったな、ゴナン。お前は逃げられて」

「あのピンクのくだもの、たべたい」

小さなガイコツが、ゴナンの耳元で何度も何度も語りかけてくる。

「ゴナン兄、いいな、ミィものどかわいた、おなかすいた。あまいくだもの、食べたい。なんで、なんで、ゴナン兄ばっかり、ずるい…。ゴナン兄…」


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「…ゴナン、ゴナン?」

自分を呼ぶ少女の声に、ゴナンは、うっすらと目を開けた。

「…ミィ…? ミィ、ごめん…」

まだボンヤリとした意識の中で、その声に向かって謝る。

「ゴナン、わたくしはミリアよ。大丈夫?」
「…あ…、…ミリア」

 その声に、今度ははっきり目を開けるゴナン。
もう夕方。ミリアが心配そうに見つめている。流行病の心配がなさそうとのことで、ミリアも看病に加わっていたのだ。横では、リカルドがゴナンの汗を拭いていた。

「起こしてごめんなさい。夢にうなされて、ひどく辛そうだったから…」
「…うん…。ありがとう…」

 声がガラガラだ。全身がだるく、寒気がして、頭も痛い。

「水を飲む? ちょっと体を起こそうか。薬も飲まなきゃね」
「うん…」

リカルドは起き上がるゴナンの体を支えた。枕を背中に当てて、水を口元に持っていく。

「飲めるだけでいいから、ゆっくり飲んで」

グラグラする頭をなんとか支えて、ゴクリ、と水を飲む。喉がとても渇いていたようで、そのままコップ一杯を飲み干してしまった。

「ふふ、初めて会ったときもこんな感じだったね」

ゴナンの背中をさすりながら、リカルドは思い出して少し笑った。

「果物があるけど、食べられそう?」
「…うん、食べる…」

その言葉にホッとして、ミリアはリカルドのデスクに置いてあったお皿をベッドへ持ってくる。

「はい、これ、マルルの実」

「あ…」

食べやすいサイズにカットされたマルルの実が、お皿の上に並んでいる。その瑞々しい果肉を見てとろけるような甘さを思い出し、ゴナンの喉はゴクリとなったが、顔を背けた。

「…そんな、高いの、もったいないよ…」

「ゴナン、これはミリアが買ってきてくれたんだよ。昨日のお礼だって」

「そうよ。あなたの好物なんですってね」

そう声をかけるリカルドとミリア。でも、ゴナンは手を伸ばせなかった。先ほどの夢で聞いたミィの声が、ずっと脳内で反芻している。

「…だめだよ。俺は、これ、食べる資格ない、から…」

 そう呟くように言って、ゴナンは両の目からポロポロと涙をこぼした。



高熱で浮かされているせいもあるのだろう、そのまま子どもの様に泣きじゃくり始めてしまう。ミリアは驚いて、リカルドを見上げる。

「リカルド…?」

「…」

 リカルドは無言でベッドに上がると、よしよし、とゴナンを抱きしめた。体が熱い。そのままゴナンはリカルドの胸にすがりついて、声を上げて泣き続ける。ミリアはそっと部屋を出て1階へと向かった。

「…ゴナン。何でもいいから、とにかく口に入れて。最初に会った時と一緒だよ。まずは、お腹に食べ物と飲み物を入れるのが大事だから。そうしたら、少し心に余裕が生まれるから、そこでいろいろ考えよう」

「…うぅ…、うっ…」

「……今は君は、とても弱っているんだよ。疲れたよね、あんなに遠くから体一つでやって来て、弱音も吐かずに頑張ってたから」

 リカルドの黒い服を両手でギュッと握りしめて、泣き続けるゴナン。この小さな体に、大きな大きな苦しみや葛藤が詰まっていたことを、服を握る手の強さから感じていた。



 と、1階に降りていたミリアが部屋に戻ってきた。

「あの…、ゴナン。これも好きなのよね…」

そう言って出されたのは、屋台の店主がオマケでつけてくれていたゴンの実だった。ただ、カットされてはいるがかなりいびつな形だ。皮もむいてあるようなむいてないような、実まで激しく削り取ってあるような、なんとも言えない状態。

(…これは、ミリア…! まさか、包丁を使った…? ナイフちゃんはいなかったのか…?)

ケガをしていないかとリカルドはミリアの手を見るが、何とか大丈夫そうだ。ホッとして、少し落ち着いてきたゴナンの体を離す。

「ほら、これならいいんじゃない? ゴンの実。ふふ、ちょっと珍しい形に切ってあるけど」

「……うん…」

そう言ってゴナンは、いびつなゴンの実を手に取ってシャクっと食べた。甘酸っぱい、シャキシャキの食感。村の近くの森になっていた、慣れ親しんだ味だ。すぐに食べて次のを、また次のを。あっという間に、お皿は空になってしまった。

「…美味しい…」

「…よかったわ。もっと食べたい? まだあるから、切ってくるわね」

嬉しそうにしてミリアはまた部屋を出ようとする。リカルドは「あ、ちょっと待って!」と止めて、2つ隣の部屋にいるはずのエレーネを大声で呼んだ。

「どうしたの?」

すぐに顔を出してくれるエレーネ。

「エレーネ、休んでいるところにごめん。1階にあるゴンの実を、ミリアの代わりに切ってくれないか? 次は流血事件が起こりそうな気がする…」

「? わかったわ」

 首を傾げながら、ミリアと一緒に1階に降りてくれた。本当にいい人だ。

リカルドはベッドから降りて、水をグラスに注ぎ、ゴナンに渡した。ゴクゴクと飲み干すゴナン。まだ、涙をこぼしている。

(ゴナンの心の荷物は、僕が思っているよりも、ずっとずっと重いんだな…。そんなに、自分を責めることは、ないのに……)

熱で辛そうにしているゴナンを見ながら、リカルドはそう考えていた。


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