連載小説「オボステルラ」 14話「鳥が来て」2
翌日。
今日も泉で、水路建設の準備だ。リカルドはゴナンと共に現場へと向かっている。昨晩のお酒が少し残ってしまったのか、ボンヤリとしているリカルド。
「リカルドさん、大丈夫?」
ゴナンが、土色のバンダナの下から心配そうに琥珀の瞳を向ける。
「…あ、ああ、ゴメンね。大丈夫だよ。ちょっと歩けばスッキリするよ。泉の水を飲めば、さらにね」
そう言ってゴナンの頭を撫でるリカルド。と、ふと気付いた。
「…そういえば、ゴナンはいつもバンダナを巻いているね。お気に入り?」
「…いや、そういうわけではないけど…。そこら辺にあった布を巻いてみて、なんだか収まりがよかったからずっと巻いてるだけだし」
ふーん、とリカルドは、自身のバッグを探り始めた。
「そのバンダナ、随分くたびれているようだから、もし何でも良いのならこれをあげようか? ちょうどいいと思うよ」
そう言って、1枚の布を手渡した。ベージュ地と緑地の切り替えで、両端には小さなフリンジも付いている。
「ちょっと、着けてみていい?」と、土色のくたびれたバンダナを外し、ゴナンの頭に巻いてあげる。ベージュと緑の切り替えがちょうど良く見えて、少し洗練された印象だ。
「ほら、バンダナにちょうど良かった。ゴナンの髪色と瞳の色にもよく合うね。似合っている」
少し照れくさそうにバンダナに触れるゴナン。表情は変わらないが、嬉しそうだ。
「肌触りが、気持ちいい…。でも、こんな良さそうな布を、いいの?」
「もちろん。僕はこのとおりバッグにしまいこんでしまっていたから、使ってもらえる方がうれしいよ」
「…ありがとう」
そう言って、「今日は汚してしまいそうだから」とゴナンはもらったバンダナを外し、そそくさと、でも大事そうに懐に入れた。その様子を微笑ましく見ながら、まるで思い出作りをしようとしているかのような自分の振る舞いに、少しだけ嫌気が差していた。
ーバサッ…ー
そのとき、頭上で何かがはためいたような気がした。
「?」
何かの気配に2人は上を向くと、そこには大きな翼。大きい、とにかく大きい。2人を覆い尽くすほどの翼でバサッバサッと羽ばたきながら、空を飛ぶ生き物。
「…えっ!」
リカルドが思わず声を挙げる。そして、そのままその後を追い走り始めた。彼が、ずっと追い続けてきた生き物が、こんな、あっさりと、手の届きそうなところに。
「…とり、鳥だ…! 大きな鳥っ。巨大鳥…!」
リカルドは転びそうになりながら、荷物やマントをうち捨てて全力で鳥を追った。
「リカルドさん!」
ゴナンも慌てて後を追う。リカルドが放りだした荷物を回収しながら。そして、あれ?と気付く。
(…やっぱり、人が乗っている…。女の子?)
ゴナンは視力がいい。すでに鳥は遠くへと行っていたが、彼の目にははっきりと見えた。
「…ていうか、泉の方に向かっている…?」
ゴナンの脳裏に浮かんだのは、1年前に鳥を見かけた日のこと。同じように、空の上をあざ笑うかのように飛び回った後、いなくなって、そしてその日から村が枯れた。その怒りが沸き起こってくる。
(…ただの言い伝えかもしれないけど、でも、でも、全てはあの鳥の、鳥のせいかも…!)
ゴナンも鳥とリカルドが向かった方へと走っていった。
そして着いたのは、やはり泉だった。リカルドが遠巻きに泉の方を見ているが、近寄れずにいる。
「リカルド、どうしたの…?」
「しっ」
そう指で口を押さえて、泉の方を示した。そこには、茶色い羽に身を包んだ巨大な鳥がいる。身長は5メートルほどあるだろうか。普段見る鳥よりも骨格がしっかりとしていて、少しは虫類に近い顔立ちをしているように見える。「龍のような」といういわれは、この見た目からなのか。
そして、背には鞍があり、そこには少女が乗っていた。艶やかな緑の黒髪を横にまとめている、華奢な女の子。ミィより少し背が高いくらいに見える。
「ね、ねえ鳥さん。お水を飲むの? どうして急に、ここに降りてきたの?」
少女は鳥の背で、鳥に必死に問いかけていた。鳥は関せず、泉の水にくちばしをつけている。
(水を飲んでいる…)
「…本物だ…、やっぱり、実在しているんだ、巨大鳥は…」
隣でリカルドが、体を震わせながら鳥を凝視していた。今まで見たことのない迫力の目力に、ゴナンはびくっとおびえる。そのまま、リカルドはゆっくり歩みを進めた。
「…あの…」
リカルドは声をかけて、手を伸ばしながら、そうっと近づいた。ゴナンもリカルドに続く。少女はリカルドの声に気づき、深緑色の大きな瞳をくるっと2人に向けた。肌が白く、身なりも品がいい。この風景にはおよそ不似合いな佇まいだ。
(どこかの貴族の令嬢? そんな子がどうして、鳥の背に…?)
少女が2人に何かを話そうとした。そのとき。
「…きゃ…」
バサッ、と、鳥がまた羽ばたいた。ゴナンとリカルドの前に大きな土埃をまき、目が開けられなくなっているうちにまた、上空へと飛び回った。
「ああっ」
リカルドが手を伸ばし追おうとしたが、今度は先ほどより高度が高い。上空で旋回しているようだ。
「…もう、少しで、触れられそうだったのに…」
リカルドはじいっと、鳥が飛んで回っている様子を凝視している。鳥は上空を行ったり来たりしたが、やがて一直線に遠ざかっていった。南の方角だ。
「…いってしまった…」
呆然と、鳥が飛んでいった南の方を眺めるリカルド。ゴナンも、何も言えずにいる。
「ねえ、あの女の子、何か背負ってなかった? 卵じゃなかったかな?」
リカルドがゴナンの両肩を強く掴んで、そう尋ねてきた。珍しく慌てているようだ。
「…いや、俺には何かの袋に見えたよ。鞄か何かじゃ、ないかな…」
「そうだった? 卵に見えなかった?」
「リカルドさん、…お、おちついて…」
掴まれた肩を痛そうにするゴナンに気づき、リカルドはパッと手を離した。
「ご、ごめんね…」
「いいよ…、ずっと探していた、鳥だもんね」
リカルドはソワソワと落ち着かない。
「…ごめん、ゴナン、家に戻るね。旅支度をする。すぐに鳥を追わないと! 先に行く!」
「…え…?」
リカルドは、ゴナンから自分の荷物を受け取ると、今来た道を走って戻っていった。
(え、そんな、急に…?)
ゴナンは、しばし呆然と、その場に立ち尽くしていた。
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