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■再掲■ 連載小説「オボステルラ」 【第一章 鳥が来た】 9話「鳥が来て」(3)


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登場人物



9話「鳥が来て」(3)



 今回、鳥は村中を飛び回ったようだった。

 ゴナンが泉の横で動けずにいると、村人が何人か慌ててやってきた。男性がゴナンに尋ねる。

「あ、お前はユーイさんのところの…。こっちには鳥は来たか?」

「…ああ、来たよ…。この泉で、水を飲んでいた…」

「そうか…。俺も見たよ、みんな見た、外にいる者はみんな見てしまった…。また、不幸が訪れるかもしれない…」

 そう言って膝をつく男性。ゴナンはその様子を、少し冷めた目線で見ていた。

「前回は見た人は少なかったが、今回はたくさんの人が見た。もっとひどいことになるかもしれない…。もう終わりだ…」

 あああ、と落胆に暮れる村人達を後にして、ゴナンも自分の家の方へと戻り始めた。今日はもう、作業どころではなさそうだ。それよりも、リカルドと、最後に少しでも、話をしたい…。

*  *  *

 家に帰り着くと、何かと騒がしかった。鳥を見たこと、そしてリカルドが急に旅立つことについて、家族全員が集まり話しているのだ。

「…ゴナン、よかった。リカルドさんがもう出るって」

 アドルフがホッとした様子で、ゴナンの方に来た。ゴナンのハンモックの近くにずっと張ってあったテントは、もうない。リカルドは、あのたくさんの荷物をバックパックにまとめてしまっている。

「ゴナン」

 リカルドが背をかがめて、ゴナンに声をかける。

「ゴナン、急にごめんね。もう、行くよ」

「…うん、いいよ…。わかってる…」

 そう言ってゴナンは、うつむいてしまい、次の言葉を継げなくなってしまった。その表情を見て、リカルドの胸がギュッと痛む。

「ゴナン…。自分が好きなこととか、欲しいものとか、やりたいことを、見つけなよ。自分が、だよ。『どうでもいい』とか『みんなに任せる』なんて言わないでね。何でもいいんだ。君はもっとワガママに生きていい。それが、この過酷な環境でも生きぬける、君の力になるから」

「……うん」

「ゴナン、またきっと来るから。また会えるよ」

 そう言ってリカルドは、ゴナンの頭をそうっと撫でた。バンダナの上の柔らかい

金髪に、リカルドの大きな手が埋まる。

(もっといてほしい、もっといろんな話を聞きたかった、せめて水路が完成するまでいてくれないのか、いろいろ教えてくれて、ありがとう)

 伝えたい思いは溢れるほどにあるのに、ゴナンの口から言葉がなかなか出せない。ただ、無言で頷くだけだった。




「…リカルドさん、お世話になりました」

兄たちが次々に、リカルドと握手を交わす。

「急な出立ですみません…。水や食料の補充を、ありがとうございます。泉と水路の必要なことは、アドルフさんに引き継いでいますので…」

「ええ、助かります」

「次の街に着いたら、この村の状況を伝えて、何とか支援が届けられるようにお願いをしてみます」

そう話すリカルドに、ミィが泣きながら抱きついてきた。

「ミィも着いていきたい…! ミィも行く!」

「ダメだよ、ミィちゃんのお家はここじゃないか。僕には家がないから、また外に行くんだよ」

「だったら、ここをリカルドのお家にすればいいじゃない!」

 そう言って泣いてしまった。ゴナンもミィのように、素直に気持ちを言ってしまえればどんなにいいだろうか。

「ほら、ミィ、離れて」

 そういってユーイが、少し寂しそうにリカルドを見上げた。

「こういう学者さんは、すぐ飛び出して行ってしまうものなのよ」

 亡き夫の面影を、リカルドに見ているのかもしれない。そしてクスッと笑って、我が子を送り出すかのように、優しくリカルドの頬を撫でた。

「リカルドさん、上ばかり追いかけすぎないで、時には足元もしっかり見てくださいね。…お気をつけて」

「…ええ、ありがとうございます」

 ユーイに頭を下げ、最後にもう一度、無言のままうつむくゴナンの頭を撫でて、リカルドは家を後にした。たくさんの旅の荷物を背負った大きな背中が、すぐに小さくなっていく。

(行っちゃった…)

 朝は普通に、テントもあって、ここでのんびりしゃべっていたのに、こんなにあっさり。また、“元の生活”が来る。ゴナンは、リカルドのテントの跡をじっと眺めていた。

*  *  *

 それから2ヵ月後。

 ゴナンはまた、あの川のほとりにいた。ぐったりと倒れて、1人、体を動かせずにいた。


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