■再掲■ 連載小説「オボステルラ」 【第一章 鳥が来た】 7話「少しの棘」(2)
7話「少しの棘」(2)
「だいぶはかどったなあ」
昼になり、休憩のために上ってきたゴナンとリカルドの2人。確かにリカルドも調子がよかったように思う。ゴナンは腕をさすった。リカルドとの話が楽しかったのもあるが……。
「なんだか、今日はいつもより涼しかったんだよね、穴の中。それで疲れにくかったのかも」
「え、そうだった?」
リカルドは驚く。彼は長袖を着ていたから気付かなかったのかもしれない。リカルドはアドルフと顔を見合わせて、2人で今上ってきた穴をまた降りていく。
「確かに、涼しい……」
アドルフが上着を脱いで、肌で気温を感じ、そして地面に触れてみた。リカルドも黒の長袖の上着を脱いでみる。
「ああ、本当だ、気付かなかった……」
「あれ、リカルドさん、その腕」
アドルフは、インナーで着ているタンクトップから伸びるリカルドの両腕に、這うようにアザがあることに気付いた。
「あ、これは気にしないでください、生まれつきなんですよ。上半身に入っていて。ちょっと目立つから長袖を着ているのもあるんですが」
アドルフは、じいっとそのアザを見ていた。好奇心、そして、何かを読み取っているような……。
「……アドルフさん?」
「あ! いや、すみません。なんだか文字みたいだなあと思って。でも暗くてよく見えませんでした」
アドルフは慌ててリカルドから離れて、穴の壁に背をぶつけた。
「……あの、先ほど会話が聞こえてしまって、ユー村のご出身だとか」
「ええ、……そうです」
「聞きかじりなんですが、ユーの村にも嘘か誠かわからない言い伝えがあって、それにはアザが関わっていると。ユーが神秘の村と言われる由縁がそこにあるとか」
そう言って、またリカルドの腕をじっとみるアドルフ。
「まいったな、この地域はだいぶ離れているし、さすがにユー村のことはご存じないかと思っていたんですが……」
「……」
アドルフはリカルドの顔をじっと見る。暗闇でほとんど表情は見えないが、これまで見た穏やかなそれとは違う、何かの膜が張ったような笑顔を感じた。
「もしあなたが僕に対して何か予想されているなら、恐らくそれは正しいです。それは鳥や卵や彼方星の類の言い伝えとは違って、村ではごく当たり前に起こっている事実なんです。…でも、できればゴナンには言わないでほしいかな」
「……ええ、もちろんです」
リカルドはうつむくアドルフの肩をぽんと叩いた。
「ああ、でも安心してください。まだまだ、なので」
「……」
「さて、それはともかく、この冷気は、もしかしたら、もしかしそうですね」
再び穴を上ると、ちょうど双子が合流してきていた。村人達も数人、集めた石を届けに来ている。リカルドはオズワルドに報告した。
「穴の下の方が涼しくなっていました。水、近いかもしれません」
「おお!」
オズワルドが思わず声を挙げる。
「まじで!」「本当に出るのかよ!」
双子もはしゃいだ。ゴナンも声には出さないが、キラッと表情を輝かせた。
「あ、まだ分かりません、分かりませんけど、近づいている可能性があります」
村人達も、占い通りの結果が出そうなことに喜びの声を挙げ、うわっと盛り上がる。この村でこんな高揚を見られるのは、いつぶりだろう。骨と皮の人々のしわくちゃの笑顔を、先日の井戸への拒否感とつい比べてしまい、リカルドは少し複雑な心持ちで微笑を返していた。
* * *
翌朝、いよいよ井戸掘りが佳境だと、ゴナンはワクワクしながら井戸に向かった。もしかしたら今日、水が出るかも知れないから、水を見せてあげたいとミィの手を引いている。しかし、現地で穴を見下ろして、愕然とする。
「……えっ?」
「どうしたの? ゴナン兄」
ミィに応える暇もなく、慌てて穴の底の方へと降りる……、が、昨日掘り進めた位置よりだいぶ上の位置で、ゴナンの足は何かに触れた。
「……なんだよ、これ……」
そこには、石が落とされていた。井戸の壁を固めるために集めた石が、大量に。リカルドとオズワルドがゴナンの後を追ってきた。
「これは…」
「うわ、やられたな……」
1メートル分は石が積もっているだろうか。
「お屋敷様の方の仕業でしょうか?」
リカルドは、度々、井戸掘りの様子を見に来ていた門番の男性のことを思い出した。オズワルドは腕を組む。
「その可能性もあるかもしれないが。もしお屋敷様なら、もっとしっかり井戸を破壊するくらいのこともしそうな気がする。それに、そんなことをしてもあちらに何の益も無いだろう」
現状のユートリアの動きは、全てリカルドに媚びを売るとこに費やされているのだから(自身がここに住んでいることを政敵に知られないために)、確かに逆効果であろう。
「井戸掘りを阻止するには、ちょっとささやかすぎる気はしますね…。原状復帰は大変そうでは、ありますが…」
どちらかというと、井戸をよくないと思う人間もいるんだぞという意志の表示に近いような気もする。
双子とアドルフもやってきた。
「おいおい」「昨日の今日で、まじかよ……」
「……」
リカルドは昨日のことを思い出す。水が出そうと言ったとき、図らずも、ミィ以外の兄弟全員に加え、数名の村人達もいた。あまり疑いすぎるのも、よくないと分かってはいるが……。
「まあ、石を上げるのは重くて大変ではあるけど、土を掘るよりは楽だよ、きっと。みんなで一斉に取りかかれば、すぐ終わるよ」
アドルフが手を叩いて兄弟を鼓舞する。そうだな、よし、と兄弟が声を掛け合うなか、ゴナンは「くそっ!」と土を蹴った。兄の豹変にミィが驚き、リカルドに飛びついて震え泣き出す。
「なんなんだよっ!誰だよっ! せっかく、もう少しかもしれないのに……!」
「ゴナン、落ち着いて。ちょっと作業が遅れるだけだよ。ほら、ミィちゃんも怖がっている」
リカルドがゴナンの肩を抱いてなだめ、助け船を求めて他のきょうだい達を見た。が、ミィだけでなく全員が大変に驚いた表情をして固まっている。
「……あの?」
戸惑うリカルド。
「……いや、ゴナンが声を荒げて怒るなんて、生まれて初めて見たから」
「……まあ」「そんな年頃ではあるよな」
アドルフと双子が、どちらかというと感心するような態度でため息をついた。ゴナンはそんな周りの反応に、ちょっとバツの悪そうな顔をするが、すぐにリカルドを見上げる。
「リカルドさん、お願いがあるんだけどっ…!」
「…ああ、うん、いいよ」
内容を聞く前にリカルドは承諾する。怒りに震えるゴナンは少し拍子抜けして震えは収まった。
「……え? 俺が何をお願いするのか分かってるの?」
「いや、わからないけど。ゴナンが何かお願い事をするのは珍しいのかなあと思って」
そう言ってアドルフの方を見る。アドルフは肩をすくめて笑う。
「それはもう、これも初めて見ました。今日は珍しいことばかり起きる」
「…それはいいからっ! あの、テントを貸して欲しいんだけど。あと、使い方とか教えてほしいっ。夜に、ここで、見張りをしたい。リカルドさんは、俺のところに寝ていいから」
「あ!ああ、なるほど」
うーん、とリカルドは考える。
「それは問題ないけど、流石に1人では大変だろうから、僕も一緒にこっちでテントにいようか」
「えっ、……いいの?」
「お兄さんが構わなければだけど。いいですか?オズワルドさん」
保護者に確認をとるリカルド。オズワルドは困ったように頭をかいた。
「……まあ、かまいませんが……」
快諾とはいえない反応ではあるが、やはり、普段とは違うゴナンの勢いに圧されているようだ。ゴナンの鼻息は荒い。
「よし、夜の見張りはゴナンに任せることにして、ひとまずはこの石を上げよう」
アドルフが仕切って、この日は総出で石上げの作業に取りかかった。ミィもせっかく来たからと、微力ではあるがささやかなお手伝いらしきことをする。久々に兄たちとずっと一緒に居られて楽しそうだ。
そんな様子を見てゴナンも、ようやく心を落ち着けることができた。こんなに頭に来たことは、初めてだった。双子の兄に服を隠されたときも、食事を奪われたときも、バンダナの中に虫を仕込まれたときも、背が低いとばかにされたときも、いたずらでハンモックの紐を切られていたときも、怒ったことなんてなかったのに。
↓次の話
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