連載小説「オボステルラ」 【第二章】4話「ストネの街のリカルド」4
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「…という感じで、うちの店の裏で行き倒れていたのよ」
ゴナンから聞き取った内容も交えて、ナイフが説明する。リカルドは首をひねった。
「いや、それ…。ゴナン的にはただの野宿で、行き倒れていたつもりはなかった気もするけど…」
「話を聞けばそうだってわかったけど、見つけたときはガリガリで憔悴もしていたから、てっきり飢え死にしてるかと思ったのよ。ほっとけないでしょう……?」
村にいたときもまともに食べられず、その上そんな無茶な旅をしてきたのならば、ナイフがそう思っても仕方がない状態だったのかもしれない。リカルドはふう、と息をつく。
「…にしても、こんな栄えた街に来たのに、宿も取らず野宿か…。アドルフさんがくれたっていうお金、結構な金額だったんだよね?」
「ええ、見せてもらったけど、わりと贅沢に旅行できるくらいはあったわよ。でも、1アストも使っていないんですって。大事に大事に、お守りみたいに懐の中に入れていたわよ」
「アスト」とは、ア王国の通貨の単位である。500アスト程度でそこそこいい宿に泊まれる相場だが、ゴナンの袋には、1万アスト近くのお金が入っていた。
「……」
ゴナンらしい、といえばゴナンらしい。相変わらず欲がない。そして村の原始的な暮らしのおかげで、意外にサバイバル能力が高いのも奏功していた。本当に、無事にこの街についてくれて、それをナイフが見つけてくれて良かった。リカルドは心底そう思い、安堵している。
「…で、ひとまず拾って店に引っ張り込んで、たくさんご飯食べさせて話を聞いてみたら、『リカルドって人に会うためにこの街に来た』っていうじゃない? リカルドは珍しい名前じゃないから、あなたのことかどうかは分からなかったけど、人攫いにでもあったら大変だから、かくまってあなたが来るのを待とうと思ったのよ。デイジーちゃんにはあまり期待を持たせたくなかったから、あなたの部屋があるってことまでは伝えてなかったけど」
「……本当に偶然だったんだね、助かったよ…」
改めて、頭を下げて礼を述べるリカルド。
「…けどね。それはそれでありがたかったんだけど。なんであの装いで働かせてるのさ…」
「あの子が働いて恩返ししたいって申し出てきたのもあるけど」
そう言って、自分のグラスの酒をあおるナイフ。
「鶏ガラ見たいに痩せてボロボロの服着た、聞いたことも無い村から来たという男の子でしょ? 何かワケありっぽい雰囲気があったから、もしかしたら追われてたりするのかと思って、念のためお化粧で化けさせようと思ったの。ま、それは杞憂だったみたいだけどね」
この店のキャストにも、何かから身を隠すためにあえて女装で「変身」している男性もいる。何らかの「ワケあり」が多いのだ。リカルドは個々の事情には深入りはしないが…。
「……ありがたいよ…。単純にゴナンを着飾らせて磨き上げたい思惑があったような気もするけど、それでもありがたいよ…」
そう言うリカルドに、肩をすくめるナイフ。
「…では、今度は私から質問よ。結局、あの子は何なの? あんな風体で、わざわざリカルドを追ってくるなんて…」
「……」
リカルドは、北の村での出来事、そしてその中でゴナンを連れて行きたいと思ってしまった自分の気持ちについて、説明した。少し長い話になり、いつの間にか2人のグラスが空になっている。
「…あなたねえ…」
ナイフは、追加の酒を注ぐために席を立ち、カウンターの方へと向かった。
「自分に懐いてきた野良犬を拾うのとは、わけが違うのよ…」
「…それは…。ゴナンのお兄さんにも、同じ事を言われたよ…」
呆れたようにため息をつきながら、ナイフがお酒を注いだグラス2つを持って席に戻ってくる。はい、と1杯をリカルドに手渡した。
「だいたい、さっきのあなたの態度も何なのよ。自分を健気に追いかけてきてくれた子が可愛くて仕方がないのは分かるけど、好意溢れすぎ」
「えっ、そうかな?」
気付いてないのね…、とナイフはまた、ため息。こういう風に人に深入りした経験が少ないから、距離感の取り方が不器用なのかもしれない。
「…でも、どうして急に? 今まで、他人とはあまり関わろうとしなかったじゃない」
「うーん…、なんでかと言われると…」
リカルドはグラスを口にして、ふう、とカウンターに肘をつく。
「…ほら、僕は、子どもを作ることができないから…」
「……」
ナイフは目を伏せたリカルドの横顔を見遣る。
「…作ることができない、というわけではないでしょ」
「いや、できないよ。だから、何だろうな…。僕ももう、29歳になったし、何か、託したいような気持ちになったのかもしれないな。ゴナンはあの村で、本当にまっさらで、消えてしまいそうだったから…」
「……」
ナイフは、何か言いたげな表情でリカルドを見つめていた。リカルドは少し思案し、一瞬だけ目を落とすと、すぐにナイフに向き直る。
「…ま、あまりいい状況ではなかったけど、あの子の方から来てくれたし、ひとまずは一緒に旅することになると思うよ」
「…旅するのはいいけどね…」
ナイフは厳しい表情のまま、言い放つ。
「これから何年も一緒に旅するつもり? そうなら、あなたのそのアザのこと、ユーの民だってことは、あらかじめ話しておいたほうがいいんじゃないの?」
「……!」
リカルドはびく、と反応する。
「…うん…。そうだよね…」
「…あなたのエゴだけで、可愛い可愛いって、ただ連れ回すだけってのだけは、やめてやりなさいよ。それだと、彼に何も与えてこなかったっていうお兄さん達と、何ら変わりはないわよ」
「……」
ナイフは、リカルドが心を許している数少ない存在である。時には厳しい言葉を言ってくれる。だからこそ、リカルドも心の裡をすべて話すことができるのだ。ユーの民のことも、全て、彼女は知っている。
「エゴ、だよね…」
リカルドはそう呟いて、グラスをあおった。
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もう、深夜。
ナイフとの話が終わったリカルドが2階の借りている部屋へと行くと、明かりがついていた。中では、ゴナンがすでにリカルドのベッドの中でスヤスヤと眠っている。
(お、もう発光石のライトの使い方も覚えているようだな)
それにしても、キングサイズの大きなベッドなのにゴナンは端っこに縮こまって寝ている。きっと、リカルドが寝るスペースを十分に確保しようとしてくれているのだろう。
「…ふふっ」
リカルドはベッドに腰掛け、ゴナンの体をベッドの中央の方に寄せてあげると、頭を撫でてしばしその無邪気な寝顔を見つめていた。
(…こんなに一生懸命に追ってきてくれた。僕もきちんと応えないと…)
先ほどナイフに言われた言葉が脳裏をよぎる。最初に誘ったのは自分だったが、今になってその責任の重さを、ひしひしと感じ始めていた。
と、卓上に置かれている一通の手紙に気付いた。「リカルドさんへ、アドルフより」と表に書いてある。
(…読んでいい、ということかな?)
封を開けると、キレイな字で書かれた長文の手紙が入っていた。
村の現状とゴナンを送り出したことについて、状況が分かりやすく説明してある。そして、兄たちの説得は心配しないで欲しいこと、ゴナンのこれまでの体調のことや環境の変化の影響が心配なこと、ゴナンが「村を捨ててしまった」と自分を責めてしまうかもしれないことへの懸念が綴られていた。そして最後に…
「…ゴナンにとっては、決して前向きな旅立ちではないかもしれない。でも、きっかけは何でもいいと俺は思っています。ただ、ゴナンが旅で何を見て、どんな様子なのか、体調は大丈夫だったか、俺はそれを知っておきたい。ゴナンに手紙を書くよう伝えて、ぜひ出し方を教えてあげてほしい。それを楽しみにして、俺はこの村で生きていきます。ゴナンを託します。あなたの友人、アドルフ」。
(あの兄弟の中でアドルフさんだけが、ゴナンをしっかり見つめて、いろんなことを与えてくれていたんだろうな…)
手紙を置き、寝間着に着替えると、明かりを消して自身もベッドに入った。人の温もりがあるベッドは、心地よい。酔いと旅の疲れも相まって、リカルドは夢を見ることもなく、深く深く眠りに落ちていった。
↓次の話
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