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小説『想うもの』‐011


随分と時間が経ってしまいましたが、『想うもの』再開させていただきたいと思います。更新はヘッダーをリニューアルしましたので、よろしくお願いします。マガジンはこちらから。(音声はちょっと休止)

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お話内容: 小さなフキノトウの想いを綴る物語。思いを寄せる「想い人」、フキノトウを見守る樫の木の大木の想い…。
恋する者全ての人へ、
『自分の気持ちを大切に育てなさい』とそう伝えたい。
ふきのとうの小さく大きな想いをどうぞ最後まで見届けてあげてください。


あれからまた12年の月日が経ち、 私は未だ毎春こうして土手の上を見上げている。
暗闇から抜け出した翌年に、地上に顔を出した時の眩しさは今でもよく覚えている…。

*****

雪のそれとは違い、辺りが真っ白く光輝くようなチクチクとした眩しさ…
目が見えなくなってしまったのかと疑う程の明るさが飛び込んできた時に、何度か春を逃していたことに気づかされた。徐々に霧が晴れてゆくような感覚でボーっと辺りが見え始めると、初めに喜びの笑顔で微笑んでくれていたのは大木だった。ホッとした、安堵感を漂わせた微笑み。眩しさで輝いていた大木の瞳はそこを流れる小川の様にも見てとれた。

 おかえり。
少し震え気味な声で そっと優しく そう言ってくれた。 
 春ですよ。
私は ふふふと笑って そう答えた。


二春…私が逃してしまった春の数。
その後大木と今までない程の会話を重ねた。私が地中で丸くなっていた時の出来事を、大木は隅から隅まで教えてくれた。今まで聞いたこともない季節の話や、いつも土手を行く人の話。小鳥達の小言のあれこれや、大木が見つけたウサギの巣の話…そして私が地面に落ちた、、、その後の話…。
おばあちゃんが その年も来てくれた事。
あらわになった私の根や茎を手に取って、とても悲しがってくれた事。
その翌年も 途切れる息を冷たい空気に白くさらしながら、ここまで来てくれた事。
私を探し出せずに…いつもより長く、そのしわしわの手で雪をかき分けてくれていた事…その手が真っ赤になるまでずっと…。

大木はそんなおばあちゃんを どんな気持ちで見守っていたのだろう。
今年はおばあちゃんにも、彼女を見つめる大木にも、笑顔をもたらすことが出来るかな…

帰ってきたよ。

長い間 つもりに積もった話をして ふいに大木が遠くを見つめながら 呟いた。

 かしの… 私の”想い人”の名前だよ
何を見つめながら そう呟いたかは分かっていた。雪を掻きわける小さな身体…高いところから、そっと眺めている大木。優しいその手が雪の冷たさに染まっていくのを見守りながら、大木は彼女を想って止まなかっただろう。心に焼き付く光景は いつも優しさや痛みを伴うものであることは私にも痛いほど理解できていた。

 私にちゃんと刻まれているんだ。
大木は遠くを見つめていた瞳を自らの幹に移した。地面に這いつくばった様に頭を出す自分には目が届かない様な場所だった。

 彼女の名が分かった時には心が踊るほどに嬉しかったよ…運命をも感じたほどにね。それが私に刻まれた時には、根っこが地から抜けるかと思った程にこの上なく愛しさで溢れかえったもんだ…。

懸命に小さな頭を反り返し、遥か上を見上げて目を凝らすと 大木の目をやるところに二つ小さな傷があった。大木の幹の模様に同化していてここからでは読むことは難しかったが、かすかに色が薄く剥げている。

 私がまだ若い頃。。。一人の青年が毎日私を訪れては私に寄りかかり、日が暮れるまで じっと座って本を読んでいたんだ。
目をゆっくりと閉じながら大木は言った。

 とても穏やかな青年で、私は彼と過ごす時間がとても楽しかった…ただ寄りかかり、寄りかかられる、、、そんな関係がこの上なく心地よくってね。小鳥たちが私の枝にとまると、同時に小鳥に目をやったものだった。たまに小川の魚が跳ねると、二人で小川を覗いたりもした。そんな彼を遠くから見つめていた少女に先に気づいたのは私だった。
小柄で少しぽっちゃりとして、お団子に結っていた髪のその真ん中にはいつも可愛らしい簪があった。少女は息を切らせて土手道までやってきては、それはそれはゆっくりと時間をかけて道を歩いていたものだった。ちらりちらりと私たちのほうを見ては頬を染め、それはそれは可愛らしかった。
ある日青年が来る前に、その少女が私のところまでやってきた。小さな歩幅で髪を抑えながら、着物が乱れないように丁寧な歩みを一歩一歩照れ臭そうにだす。顔にかかった髪を耳にかけながら、青年がいつも腰を下ろすその場所にすっと手を当てて微笑んだんだ。
その手から伝わった愛おしさは暖かかった…。

大木は未だ目を閉じながら、その時の光景を回想しているのであろう…優しく微笑みながら語った。

 少女が あの青年に思いを寄せていることは分かっていたが、これほどまでに優しさに溢れた想いだと知ったのは、彼女の手が私に触れたあの瞬間だった。私までもが優しさで溢れたものだったよ。彼女はその手を離さぬまま、私に語りかけてきたんだ。
”貴方は樫の木さんね。私と同じ名前ね”と。
”私もあの人に寄りかかられるような強い自分になりたいな”とね。
私は その時 精一杯その少女を応援しようと心に決めたんだよ。
それからというもの、少女が土手道の端に立つ度に、枝をさりげなく揺らしてみたり、身体をうねらせてきしませてみたり…青年の気を引くために私もよく色々やったものだった。

思い出し含み笑いをする大木が一瞬若木に見えたのは、彼の話に耳を傾けているうちに 私も時空を超えて彼の思い出す時間に来てしまったせいかもしれない。

 その後 何度も、青年が来る前に彼女は私を訪れた。彼女の想いも全て私に打ち明けてくれてね。その度に ”話を聞いてくれてありがとう”と、優しく笑いかけてくれたよ。

まだ冷たい風が大木と私の間を過ぎ去っていったけれど、その冷たさを感じる事もなく、大木のついた大きな一息の色が春色に染まっているのに見惚れていた。ほのかな恋色。こんなに綺麗な色を見たのは、私が”想い人”に出逢ったあの日以来のことであった。

 それで…その女の子は青年とどうなったの?
想いに浸る大木を せかし引き戻すかのように私は言った。

ハッとして私に目をやると 大木は笑いながら言った。
 私が強さを分けてあげたよ。
少しいじわるそうな笑いを見せる大木は、幼いいたずらっ子の子供のように見えた。
 根っこをちょいと少女に引っ掛けて背中を押してあげたのさ。そこから先に見せられたのは全て少女の強さだった。
大木はそっと自身の幹の傷を見つめた。
 それから長くかからず、私のもとで二人は共に歩んでいくことを誓ったよ。私を立会人として…こうして私に誓いを立てていったさ。 

目をこれでもかと細めに細めて大木の傷に目を凝らすと、ほんのり浮かび上がる文字…
かし乃 清” 
大木の”想い人”…おばあちゃん。

 それから青年と共に少女も私に寄りかかるようになり、そのうちに二人の子供が私を掴んで立ち上がるようになり、一人が二人に、二人が三人になり、私の周りで子供たちがチャンバラをして遊ぶ日々…あの日々は 今思い出しても幸せな気分にさせてくれるもんだ。

 君が生まれる前からこの辺りにはフキノトウが沢山あってね。青年の大好物で、毎年二人で寒い初春にここまで訪れていたんだよ。君が顔を出した年に女の子が見つかったと、それはそれは二人して喜んでいたもんだ。
私から数えて7歩行くと君がいる…そう数え覚えたのは青年…私の”想い人”の”想い人”だ。

 彼女が 君を訪れるには深い深い想いがあってのことなんだ。一人になっても、ずっと春には欠かさず私たちに会いに来てくれる。
君がまたこうして顔を出してくれた事… 
私も…この上なく嬉しいんだ。本当に、本当に 良かった…。

少し潤って聞こえた大木の声から感じたものは、ただただ 大木のおばあちゃんへの…かし乃さんへの一途な想いだった。
ずっとここで彼女を家族を、そして私を見守り、多分それは
全て彼女への想いからなのだと…。
大木の大切な大切な想い人。
頑固で年老いた樫の大木は、私が想っていたよりも遥かに素敵で大きな”想う者”だった

初めての暗闇を抜け出したばかりの私など、大木の足元にも及ばない…
けれど、いつの日か大木の様な大きな”想う者”になって
あの人を想い続け、素敵に彼を語りたい…そう強く思った。

小川で 魚がちゃぷんと水面を跳ねる音。即座に小川に目をやると 同時に小川を覗いていた大木と目が合い 二人同時に笑い出す。その日は 大木と二人で 空に輝く星を見上げながら眠りについた。心温まる そんな 寒くも透き通った夜だった。




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