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ショート:『苺浮遊』


艶やかに光る赤い粒が 水面にぷかぷかと浮いている。

蛇口から滴る水が水面を打つたびに 苺はクルクルと泳ぎ回り
再び水面へと浮かび上がる。

水面を打ち付ける水は 留まる事を知らない。

ボールに溜まりながら、苺を上へ上へと押し上げ

ぽとっと苺がシンクの底に転がった。


溢れた。


涙が頬を伝い、蛇口にかけていた手が口を覆う。
溢れた苺が動かずに ただこぼれる水に打たれるのを見ながら
私は床に泣き崩れた。


遼だけを見つめて長い月日が経って、
時間を共に重ねる毎に 私の中からあふれる遼への気持ち。
遼の中に目一杯注ぎたくて、私に染まっても欲しくって。

キラキラと輝く遼が好き。
何処までも走ってゆく遼が好き。
真剣な眼差しで真っすぐ前を向く遼が好き。


でもいつからだろう…私が好きな遼の中に
私がいないんだって 気づいてしまった。

キラキラと走る遼の背中を見ているだけの私。
何処までも走ってゆく遼が遠ざかっていくばかり。
真剣な眼差しで見つめる先に写る物は、決して私じゃない事に。


これ程かというまでに流れ続ける遼への気持ちは
彼の中には 溜まらない。

私の涙も想いをも 蛇口から流れ出る水と同じなのに
彼の苺は いつになってもクルクルと泳いでばかり。


どうして…なんで溜まってくれないの?
やり場のない気持ちだけが 涙と共に床に落ちて行った。



遼は
どんなに星をばら撒いても、
決して埋め尽くされない 果てしない夜空の様で

いつしか心に浮かぶ夕陽を追いかけて
私の元を去って行った。



コンッ。

最後の苺がシンクを叩くと
私はやっとの思いで 立ち上がり
手の甲で かすんだ両目を拭いながら
蛇口をキュッと 固く閉めた。



どこか遠くで浮遊する遼の苺を想いながら…
私の心の蛇口と共に

固く...キュッと 蛇口を閉めた。



おわり。

********************

チズさんのこちらの短詩 最後の作品をもとにショートストーリーを書かせていただきました:)

心いっぱいに
広がっているのに
届かない
去っていった君は
空のよう

夢を追いかける君。
真っすぐに ただひたすら進む君。
私はそんな君の隣に…そして心の中に居たかった。

私にも若かりし頃がありました。ふふふ。
体験談か否かは ご想像にお任せします:)


お読みいただきありがとうございました。
そしてチズさん:)私に書かせてくださって、どうも有難うございました。


七田苗子





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