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ショート: 『Colored Notes』 - 歌スト応募作品。(2852文字)


僕には音が見える。

まるで空気を泳ぐおたまじゃくしの様に
音符たちが見渡す世界のあちこちで飛び回る。

僕の白と黒の世界の中で…。


僕が他の人と違うと感じ始めたのは そう、音符を手で掴もうと必死になっていた幼い頃だった。
まるで、漫画の吹き出しの中の文字の様に、見渡す世界に音符が飛び交う。
フワフワと音の鳴る場所から空中を泳ぎ回る音符たちを必死にこの手に掴もうとしていた僕を 周りの目線が鋭く突きさしていた。
色のない世界に生まれてきた僕は、色の代わりに音が見えるのだと、クレヨンを手にしながら小さく音符記号を画用紙に乗せた。


チャリーン。


僕のポケットから小銭が零れ落ちると、沢山の音符たちが一斉に地面から浮かび上がり、風に乗って僕を横切って行った。
その行方をじっと見つめる。

最近曲が浮かばない。

音符は溢れる程に出てくるのに、どれもこれも僕の中に響かない。音が見えるミュージシャンとして歩む僕に、風に乗り流れゆくオタマジャクシは気づきもしない。

と、トンと肩を叩かれ 振り返ると、おかっぱ頭の小柄な女性が僕に微笑みかけていた。彼女が小さな手のひらを開くと 僕が落とした小銭が乗っていた。

”あっ!!すみません。ありがとうございます”

自分の手を差し伸べると、彼女はチャリンと音符を出しながら 僕の手の中に小銭を落とした。

”わざわざ拾っていただいて、本当にすみません” ぺこりとお辞儀をすると、彼女がにっこり笑ってコクリと頷いた。


その瞬間だった。



その瞬間、生まれて初めて色を見た。


淡い紫色のフェルト玉が彼女の笑みから飛び立った。フワフワとした玉は僕の音符たちと同じ方向にゆっくりと飛んでいく。
初めて目にした色…僕の白黒の世界に流れる花の様にフワフワと流れ、空気にそっと溶けてゆく。

これは夢か?

今、僕は色を見た。はっきりと色が見えた。


僕の横を通り過ぎ、先へと進もうとする彼女の腕をとっさに掴んだ。
びっくりして振り返る彼女から、今度は青色の玉がふわりと飛び立つ。

あ…お?


白黒の僕のパレットが渇きだす。

”あの!!お時間あったらお茶しませんか?!!”

僕は考えもせずに彼女を誘ってしまった。決して怪しいものでもなければ、ナンパでもないと あれこれ誘いに理由付けをするたびに、僕達の周りは音符でいっぱいになってゆく。そんな僕に呆気にとられていたかと思うと、彼女は片手をかざし、僕にストップをかけた。斜め掛けの鞄から手帳を取り出してめくると それを僕に突き出した。大きく黒いペンで書かれた文字。


「私は耳が聞こえません」


耳が…聞こえない?

彼女は自分の耳にそっと手を当て、笑いながらぺこっとお辞儀した。
ちょっとくすんだ黄色い玉が彼女の耳のあたりからふわりと舞う。
僕は慌てて ”ちょっといいですか?”とジェスチャーしながら彼女の手帳を手に取った。ポケットの中をごそごそ探ると小さくなったエンピツが一本出てきた。

「もし、良かったらお茶しませんか?」

急いで書いて彼女に見せると、見慣れた雨雲の様なグレーの玉が舞う。慌てて、また書き出す。

「僕は色が見えないはずなのに、あなたから色が見えるんです!」

見せた後になって、これでは変人だと思われてしまう。。。どうにか自分の感情を言葉にしなければと そう思った。
でも、僕の走り書きを目にした彼女は、口元を覆いながらオレンジの玉を放った。僕のパレットが次々に彩られてゆく。
僕の鉛筆を手に 彼女が書いた文字…少し震えた文字で書かれた言葉…

「あなたにも色玉、見えるんですか?」

彼女の顔を覗くと目が大きく見開かれている。

僕は笑顔で大きく首を縦に振った。



僕の世界が白黒である事。音符が見える事。
彼女の世界に音がない事。色玉が飛び出す事。
そして、二人に共通する
今まで 音符も色玉も見える人に出会ったことがない事。

彼女には僕の音符が見えてはいなかった。けれど、自分の色玉を認識した人は僕が初めてだという。2人同時に驚きと嬉しさでいっぱいになる。
僕がミュージシャンだという事、彼女がフリーライターだという事。
僕が音楽に行き詰っている事。彼女が言葉に押しつぶされそうになっている事。色々書き話をした。

その間にも様々な色が流れ出す。いつの間にか僕の白黒の世界が様々な色で彩られ、花が…花がとめどなく あちこちで咲き乱れる。


「君に聴かせたいものがある」

そう書き出すと、彼女は首を傾げた。


彼女の手を取り、喫茶店を足早に出る。
急かし歩きが早足に変わり、気づけば二人で駆けていた。
一歩一歩踏み出す足元からリズムよく音符が舞う。

黒く重い扉を押すと、僕の創作の場であるスタジオが目の前に広がった。
暗闇の中に彼女の色玉がポンと浮かび辺りを照らすと、二人でクスリと笑い合った。
テーブルのランプをつけると、アンプの音量を最大限にあげる。
ベース音をマックスにして、僕はキーボードの前に立った。

そんな僕を見て、少しばかり苦笑いする彼女。

大きく一息つく。



右指でポンと鍵盤をひとつ弾く。

音色がどんと大きな音符となってスピーカーから飛び出すと同時に、
僕達の立つ床が音色で揺れた。

感じた。音を感じた。

彼女から今まで以上に大きなピンク色の玉が飛び出し、薄暗い部屋を照らし出す。


ふわりと宙を舞う音符と色玉が重なり合う。


あっ!!!

彼女の口から洩れた音を僕は見逃しはしなかった。

大きな音符が大きな色玉と一つになってピンク色の音符になった。

そしてそれは、彼女の目にもはっきりと映ったのだ。


彼女の口元は震えながらもはっきりと呟いた。

み…え…る。

僕にも見える「ピンク色」の音符が。


(主題歌Start)

流れゆく音符を心に僕は思い切り音を奏でた。
今感じる心を思い切り音にした。
音色は振動となり、床をそして空気中を伝い彼女に届く。
彼女の心と耳へと。

涙をこぼし 両耳を抑えながら

き・こ・え・る!!!

そういう彼女から流れ出る色玉が次々と僕の音符に混ざって、部屋中が彩られた音符でいっぱいになってゆく。

僕は思い切り上を見上げ、彼女は両腕をあげ くるりと回る。

青に緑、黄色に紫、臙脂に藍、桃色に桜色、茶色に墨色…
見える!!
僕にも見える!!

音色が伝わる、見える…そして 感じる。
聞こえる!!
私にも 聞こえる!!

音楽と音符と色と音色と…

僕たちの周りに降り注ぐ音の雨に身を濡らし

まるで流星群を突き抜ける惑星の様に僕らは舞った。




最後の鍵盤から指を離すと、ゆっくりと音符たちが降り注ぐ。

まるで季節外れの雪の様な音符たちをかき分け

彼女に差し伸べた僕の手にそっと降り積もったのは

とめどなく…ただ、ひたすら とどめなく溢れる

彼女の色玉だった。






”さてお待ちかねの今週第一位!!”

”またまた連続で来ましたねぇ〜!”

”もう皆さんのハートを鷲掴みにして何週目でしょうかね?”

”二人組のUNITとしか知らされていない、謎の覆面アーティスト…もうこの名を知らない人はいないんじゃないですかね?”

”では、今週の第一位。今 世界中の心をつかみゆく話題曲!

「Colored Notes」のお二人で 『とめどなく』

どうぞ!!”


♪♬♬♫♩♩♬♪…。





***********おわり******************

こちらの企画に参加させていただきます。

PJさん、スタジオJさん主催の詩からストーリー歌スト。
今回は大橋ちよさんの『とめどなく』から書かせていただきました。


この企画に応募するにあたって、音楽をテーマにしたかった。音楽を作り上げるストーリーにしたかったんです:)
最近どうも創作の電球が小さくちかちかとしか光らずにいて、とりあえずのんびりとしている私です。大橋さんの素敵な曲に見合う物語にできたかは分かりませんが、でも、彼女の音楽を通じて感じたものを言葉にしてみました:)気に入っていただけたら嬉しいです:)

PJさん…かけたよぉーーーー!!!!(笑)

締め切りは3月14日です。素敵な課題曲がわんさかあるこの企画。私みたいに創作にブレーキがかかっている人や、何かのきっかけを必要としている方、是非課題曲だけでも聞きに行ってみてください:)音楽に触れて開く何かがきっとあるはずです:)

PJさん 素敵な企画を、大橋さん 素敵な曲をありがとう!!!



七田 苗子

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