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小説「想うもの」:009


その光景を目の当たりにした時、私は唇を固くかんでいた。
悲しいとか 怒りとか そんなものではなく、ただ少し 今まで吹いていた風が より一層冷たく感じられる…そんな思い。
10年以上の月日が経って、幼かった記憶が鮮明に残っているはずもないと どこかで分かってはいたはずなのに、また何処かで 覚えていてくれればなと 望む自分もいた…。

大木が蹴られている事よりも、大木との記憶が無ければ 自然と自分との記憶もないはずだと思い知らされた事に心が痛かった。この事態の中 私はいまだに自己中心…痛いのは蹴られている大木なのに、何故か自分の心がズキンと痛んだ。
ごめんね大木さん。私が痛がっちゃって ごめんね。


4人は大木を蹴るのをやめ、それでもどうして この場所に大木がいるのかを話し合っていた。私は どうしてここまで傷んでいるのか 痛む必要はないのだと自分に言い聞かせてもなお、締まり続ける胸をぎゅっと押さえつけようと必死だった。4人の会話も聞こえてくることはなく、ただただ必死に自分の冷静さを何処かに探そうとしていた。

覚えていない…覚えているはずもない…覚えていて欲しかった。

おばあちゃんのかざす手が 大木に触れる時に溢れる気持ち。彼がかざした手が 大木に触れた時の 柔らかく暖かい気持ち。思い出して自分、それだけを思い出して。そのままにしておいて…。


ー ”明日の試合に勝てるように 願掛けだ。”
そう言って、一人が先の尖った石で 大木に傷をつけ始めた。大木はじっと立っている。
ー ”ほらお前も!”
次々に石は手の中を回っていく。
彼が石を手にし 大木に一歩近づき その石の先端を押し付けた。

12年前に優しく触れた左手は、今固い石を持ち 大木の幹に傷を作っている。横に縦に…その左手が動く度に、私の心にも何かが切り刻まれているようだった。


ー ”これで勝てなきゃ この樹を切ってやる。”
ふざけ半分の声で 危険人物が放った。
ー ”こんなでかい木 切れるわけないっしょ”。
周りは皆して笑っている。

そんなこと、冗談でも大木の前で声を荒げて言わないで!これ以上 大木を傷つけないで!

私の心は叫んでいた。大木を守ろうとする叫びと同時に、自分を守るための叫びでもあったと思う。

今まで温めてきた思いが 私の幸せな部分でバリンと割れてしまいそうで 怖かった。
全部自分の想いと 妄想で頑張ってきた。
自分勝手だって分かっていた。
それでも、自分自身で飾り付けた世界が ここで壊れるかと思うと怖くて仕方がなかった。


ー ”よし、帰るか”
自分に殻があったら 今すぐ閉じこもりたい。身を固くしていた自分横に置かれた二輪車に向かって歩いてくるうち3人を睨み…私の”想い人”の顔は真っすぐに見ることが出来なかった。
あんなにも近くで見たくてしょうがなかったのに、今は顔を逸らすことしかできない。惨めだ…こんな自分が惨めだった。


危険人物の手が地面の二輪車に差し掛かった時にふと その動きを止めた。

ー ”あれ?これ…あれじゃん?小学校の時に国語でやらなかったっけ?”
ー ”そうそう、フキノトウってやつじゃん?!”

想い人が昔 私をのぞき込んだ時とは全く違い、 私はその視線に嫌悪感さえ感じていた。
ー見るな!
危険人物は近くにあった大木の枝を拾い、その枝先で私をつつき始めた。あんなにも柔らかく揺れ動く大木の枝なのに、 私に突き刺さる時の枝は 鋭く 固い武器となっていた。

ー ”なんかぼこぼこして気持ち悪いな。”
その人の言葉は 私の心に何の揺れも生じなかった。この人に言われた言葉で心が動くものかと。誰が何と言おうと私は…

 ”私は 今 何を信じていればいい?” 分からない自分がいた。

ー ”俺のばーちゃんは いつもそれ食べてるよ。”
彼が放つ言葉が 放心状態の私の耳に入ってきた。
ー ”こんなもん食べんの?まずそっ。”
その後に響いた周りの笑い声に 彼のものも混ざっていた。

私は 何を信じればいい?
飾り付けられた世界が サラサラとまっさらになって行く。
何を 思い続ければいいの?



その後のことをよく覚えていないのは 不幸中の幸いだった。
危険人物が 地上に出かけの私を 枝で掘り始めたからだった。
いつものように優しく雪を掃われる くすぐったい感覚とは全く違っていたのは覚えている。
枝の先が何度も何度も 体に突き刺さり、引きちぎられるように地面から引っ張り出され、宙に浮いた私から見える 私のいた場所には ずたずたに、何本にも割られた 地中に埋まっているはずの茎と根が 痛々しそうに地面にあらわになっていた。

痛くて痛くてしょうがなかった…

体の痛みじゃなかった… 私の小さな心の傷が 何も感じられないほどに深く傷んでいた。

まだ息吹いてもいない地面 枯草の中に ぽとっと落とされ 初めて地平線に目線を合わせて 彼の後ろ姿が遠ざかっていくのが見えた。

私の”想い人”… 行かないで。お願い行かないで。

心は深く傷んでも なぜか 彼の後ろ姿に向けて そう叫んでいた…。

意識がなくなる前に 青空を見なければ…そう思って 残る力をふり絞って 仰向けになった。
綺麗な蒼だな…涙が流れた。
大木が 悲しそうな顔をして私に話しかけていたが、もう何も聞こえない。

自分ばっかり浮かれていてごめんなさい。守ってあげられなくて ごめんなさい。ごめんね 大木さん…。


自分が惨めで惨めでならなかった…
ふぅーっと青い空に溶けていく様な気がした。。。。




音声配信は二部に分けてあります:)

こちらのふたつになっております:)読むのがまだ上手ではなく つまづきが多いので二部に分けました:)

今までのお話はこちらになります。

お時間がおありでしたら、是非読んでください:)

コメントや感想などいただければ嬉しいです:)
いつもありがとうございます。




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