ずるいオトナ

ずるいオトナ

今日から私は、小学校三年生だ。
二年間慣れ親しんだクラスとはお別れ。
クラス替えがあり、新しい担任の先生は、
今年赴任してきたばかりの若い女の先生になった。
ショートカットで目は鋭く、男勝りな口調。
「キツそうな先生だな。」
第一印象で、私はそう思った。

新学期初日。午前の授業が終わり、給食の時間になった。
おかずは卵とじだ。
「うわぁ。卵とじや、、、。最悪。」
私は給食の卵とじが大嫌いだった。
なぜなら、絶対に卵の殻が入っているからだ。
皆さんも、人生で一度や二度は卵の殻を噛んでしまったことはあるだろう。あの食感の、なんと気持ちの悪いことか。
「ガリッ!」という音。
ザラザラとした殻の食感。
私は吐き気を催すほど苦手であった。

「あぁ。やっぱり今日も、卵の殻が入っているんやろなぁ。」
私は、恐る恐る口の中に入れた。

セーフ。
良かった。入ってなかった。
私は安心してモグモグと食べた。
味は別に不味くないのだ。
卵の殻さえ入っていなければ、美味しいとは思わないが完食はできる。

二口目。
ゆっくり口に入れて噛んでみる。

「ガリッ!」

うわぁ!案の定!
私は「おえっ」と吐きそうになりながら口の中で卵の殻を選り、
ティッシュに出した。
にっくき卵の殻。
どうしてお前は、必ず入っているのだ。

「またガリッて言うたらどうしよう。」
そう思うと、箸が進まない。
これ以上食べるのは、もう無理だ。吐いてしまう。

1.2年生時の担任は、食べきれないものは残して良いという考え方だった。
今度の担任も、そうだったらいいな。
「あわよくば、このまま残したい。」
私は卵とじ以外を全て食べ、給食終了のチャイムが鳴るのを待った。

キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン。

やったー!ベルが鳴った!これで食べなくて済む。
私はホッとして後片付けをしようとしたその時、
先生の声がクラスに響き渡った。

「全部食べた者は遊んでいいぞ。まだのヤツは、食べ終えるまで遊ぶな。」

私は目眩を覚えた。
残す気満々で置いておいた卵とじを食べなくてはならない。
これは、最初から覚悟して食べることよりずっと過酷である。
しかし、私は食べるしかなかった。
小学三年生に、逃げ道など無いのだ。
クラスのみんなは、友達と遊び始めている。
楽しそうに笑い声が聞こえる中、私は一人座って、
卵の殻入り卵とじを食べた。

ちびりちびり。少しずつしか口に入れることができない。
そして数回に一回、『ガリッ!』と不協和音が響くたびに
『おえっ』と吐きそうになる。
私がイヤイヤ食べてうちに、今度は掃除の時間になった。

おや?先生がいない。
気がつけば、いつのまにか先生の姿が教室からなくなっていた。

今だ!
私は急いで席を立ち、卵とじを持って一目散に給食室へと走った。
「ごちそうさまでしたーっ!」
大急ぎで残飯入れに卵とじを流し、いそいそと教室へ向かった。

はぁ〜良かった!
これで地獄から解放された!
私は清々しい気持ちで掃除に加わり、新しくできた友達と笑い合った。

チャイムが鳴り、五時間目。先生が教室に入ってきた。
教壇に立つや否や、先生は厳しい口調でこう言った。
「今日の給食を勝手に残した奴がいる。」

バレた!
そう思う間も無く、

「六車!立て!」

私は小さく返事をして、その場に立った。
恐怖で心臓が飛び出しそうだ。

これまで、先生に怒られたことなどなかった。
ましてや人前で立たされたのなんて初めてだ。
私は恥ずかしさと情けなさと悲しさで、泣きそうになった。

「給食は、残すな!給食調理員さんが一生懸命作ったものや。
好き嫌いせんと全部食べぇ!わかったな。」

「はい。」
私は消え入りそうな声で返事をし、着席した。

これから先、卵とじを我慢して食べないといけないことも辛かったが、
それよりも、みんなの前で立たされて叱られたことの方がショックだった。
あんな風に叱りつけることないのに。
あぁ。消えてしまいたい。

この辛い出来事以来、私含めクラスのみんなは、
どんな嫌なおかずでも残さず食べた。
栄養のことを考えると、そりゃ完食した方が良いに決まっている。
先生は、正しいのだ。

それから数ヶ月経ったある日のこと。
その日の給食は、鳥の唐揚げだった。
殆どの小学三年生にとって、唐揚げは大好物である。
男の子たちは、少しでも多く見える器を選んで自分の机に置いた。
「いただきまーす!」
クラス全員で合掌し、楽しい給食の時間が始まった。

「誰か、唐揚げ欲しい者、いるかーっ?」

そう発したのは、先生だった。

「はーい!」
「欲しいーっ!」
「僕も!食べたい!」

たくさんの男子が手を挙げた。

「よし。みんなでジャンケンや。」

ジャンケン大会は大盛り上がり。
ジャンケンに勝った三人ほどの男の子たちは、
嬉しそうに唐揚げを自分の器に入れた。

楽しい雰囲気の中、先生が語り始めた。

「先生な、唐揚げが大嫌いやねん。
子供の頃に、鶏のトサカを見てから鶏が苦手になってな。
それ以来、唐揚げとか鶏料理は食べれへんねん。」

え?????
私は耳を疑った。
こいつ、よくもヌケヌケと!!!

「えーっ!鶏、美味しいやん!先生、おかしいわーっ!」
クラスの皆はこの矛盾に気づく様子もなく、無邪気に盛り上がっている。
大好物の唐揚げをもらった喜びの方が勝っているのだ。

「先生!私が卵とじを残した時は、みんなの前で立たせたのに、
自分だけおかしくないですか?」
そう言ってやりたかった。
しかし、小学三年生の女子というのは、案外オトナなのである。
そんな正論をいっちゃあ、先生に目をつけられて、
今後二年間イジメられることくらい想像できるのだ。

私はグッと堪えた。
そして心の中で「ずるい大人だ。」と思った。

いいか。世の大人たちよ、覚えておくといい。
子供はな、しっかり見てるぞ。
言わないだけで、大人のズルイところは全部わかっているんだぞ。

そう自分にも言い聞かせて、ただいま子育て真っ最中である。
大丈夫か?ワタシ。。。


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