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文明の発達は矢の如し

私たち人類は、チンパンジーと別の道を歩み始めた600万年前から、
そのほとんどを狩猟採集生活で過ごしてきた。
農耕と牧畜が始まったのですら、1万年前だ。
何が言いたいかと言うと、人類の長い歴史から見た場合、
今のような文明社会は、ほんの一瞬に過ぎないということだ。
つまり私たちは今、とてつもない速度で文明が発達している時代を
生きている。


28歳の時、私は4年間付き合った彼と別れた。
結婚まで考えていた相手との別れは、人生の終わりを意味する。
もし見ることができるなら、私の心は傷だらけの血まみれだっただろう。
私は食事を取ることもできず、動くこともできず、ボロ雑巾さながら
部屋に横たわるだけだった。
いけない。このままではミイラになってしまう。
なんとか気持ちに整理をつけ、前に進まなくては。
私は、二人の思い出の写真をこの世から抹消することにした。


大きなゴミ袋を片手に自分の部屋へこもった私は、アルバムから一枚ずつ
写真を取り出しては大声で泣き叫び、それを破り捨てた。
4年分の写真だから、相当な量である。
膨大な量の写真を破り捨てるのは、案外体力の要る作業だった。
私は心身ともに悶え苦しみながら、思い出の写真を全て抹消した。


もちろん、全ての写真が無くなったからといって、
すぐに気持ちが吹っ切れるわけではない。
しかし思い出の一枚一枚と向き合い、それを消してゆくという作業は、
段階を踏んで別れを受け入れることができた。
あぁ。苦行だったけど、やってよかった。気持ち新たに頑張ろう!


何とか立ち直り、2年後には彼ができた。
しかし残念ながら、その彼とは1年半ほどでピリオドを打つことになった。
一年半とはいえ、やはり別れは辛いものだ。
私はまたしても、人生が終わったと思った。


そうだ!写真抹消の儀式をやろう!
前回、あの強烈な失恋を乗り越えることができたのは、苦行のおかげだ。
私は勇んでアルバムを取り出そうとした。
しかし、部屋にアルバムが無いことに気づいた。
そう。世の中はデジカメの時代。撮った写真はパソコンで保存するため、
わざわざプリントアウトしてアルバムに入れることなど、
なくなっていたのだ。


はて、どうしたものか。
私はパソコン前に座り、『マイピクチャ』から彼との写真フォルダを
クリックし、ゴミ箱へと移動させた。
そして『完全に削除しますか?』の問いに、ひと呼吸置いてから
『yes』をクリックした。


『ザッ!』


写真を完全に削除したことを告げる音が、部屋に鳴り響いた。


え?これで終わり?
私たちの思い出は、『ザッ』で終わってしまうほど、
簡単なものだったのか?


写真を一枚ずつ破り捨てる作業も辛かったが、わずか2クリックで
二人の思い出が消えてしまうことは、あまりにもあっけなく辛かった。
私はこの時ほど、文明の発達を実感したことはない。
文明の発達とは便利である反面、合理的で切ないものなのだと痛感した。


そういえば、ラジオで長年ご一緒させて頂いてる芸人さんも、
同じような話をしていた。
お祖父様が亡くなられた時、悲しみに暮れて遺品を整理していると、
ベッドの下から大量のエロ本が出てきたそうだ。
お父様が亡くなられた時には、ベッドの下から大量のエロビデオが
見つかったらしい。
ご本人曰く、「俺が死んだ後には、ベッドの下から大量のエロDVDが
発見されるだろう。そして息子が死んだ時には、指先ほど小さくなった
エロ動画が出てくるはずだ。」
彼は、真剣な眼差しで文明の発達を語っていた。


しまった。
自分の大切な思い出と、先祖代々のエロ話を一緒にすべきでは無かった。
なんだか自分の恋愛までもがエロに上書き保存されてしまった気分だ。


ううむ。
まぁとにかく、文明のか発達は矢のように速いということが
言いたかっただけだ。


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