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日本語ならでは!ユニークな擬音満載の絵本『かにむかし』

絵本『かにむかし』(木下順三 文/清水 崑 絵 岩波書店)をご紹介。

日本語のリズミカルな響きやユニークな表現を、あじわい尽くせる絵本です。4歳の娘が図書館でたまたま手に取り、出会いました。

声にあげて読むとより楽しく、思わず笑ってしまうシーンが多々。何度も何度も口ずさみたくなるほどクセになったのは、自分でも驚いたほどです。

日本人なら知らない人はほぼいないでしょう、国民的な民話『サルかに合戦』。

“合戦”のワードが世にフィットしないのでしょうか、かににフォーカスしたタイトルもまた、個人的に新鮮に感じました。

文を手掛けたのは、木下順三さん。本業は戯曲家とのこと。なるほど、読んでいてウキウキ楽しくなるようなことば選びをされているのに、納得です。

以下3つが、おもしろいと感じたポイント。

1. 方言のあたたかさ
2. 想像がふくらむ、ゆたかな擬音
3. あえて長い、ひらがなでの一文

詳しく解説していきます。

1. 方言のあたたかさ

絵本の舞台が、どこの地方なのかはあきらかにはされていません。

青森なのか、はたまた広島なのか。まぜこぜになっている感じが、架空の田舎でどこなくよきです。

また、キャラクターそれぞれが実に自分勝手。ちょっと口が悪いところも人間味(?)を感じられてクスッとなってしまいます。

(いや、日常会話でキツい方言を聞くと個人的には身がすくんでしまうのです。しかし、絵本だとマイルドに感じるのはなぜでしょう?)

はよう 芽を 出せ かきのたね、
ださんと、はさみで、ほじりだすぞ

はよう 木に なれ かきの芽、
ならんと、はさみで、つまみきるぞ

はよう みを ならかせ かきの木、
ならかさんと、はさみで、ぶったぎるぞ

はよう うれろ かきのみ、
うれんと、はさみで、もぎりきるぞ

なんとリズミカル!子どもたちが学芸会で一生懸命にセリフを披露している様子が、目に浮かぶようです。だからキツく感じる言葉も、やわらかく感じるのかもしれませんね。

2. 想像がふくらむ、ゆたかな擬音

絵本『かにむかし』には、キャラクターの表情や動きが自然と想像できてしまう擬音がこれでもかと散りばめられています。

・がしゃがしゃ がしゃがしゃ
・ひょいひょいと
・じゅくじゅく
・どすんと
・べしゃりと
・ずぐずぐ ずぐずぐと
・じゃきじゃき
・じいーん
・つるりと
・ごつうんと
・どしーんと

子ガニたちが大勢でそぞろ歩く様は「がしゃがしゃ がしゃがしゃ」

まあ、なんとにぎやかなんでしょう。お互いに甲羅を押し当てながら前へ前へと突き進む様子が、脳内に音とともに再生されます。

また、サルに青い柿を投げられてつぶれてしまった親ガニから子ガニが無数に生まれてくる様子は「ずぐずぐ、ずぐずぐと」と表現されています。

これは擬音といいますか、擬態語にあたるのでしょうか。湿気た中からぶくぶくと泡を起てながら、大量に子ガニが湧き出てくる様子が目に浮かんできます。

個人的にヒットした言葉になり、日常会話の中で何度も「ずぐずぐ、ずぐずぐ」と言うものですから、4歳の子どもに大笑いされました。彼女もまた時折「ずぐずぐ〜」と言葉の響きを楽しんでいる様子です。

こういった繊細でユニークな擬音語の表現に、日本語の素晴らしさを感じざるを得ません。

3. あえて長い、ひらがなでの一文

絵本といえば一文が短く端的な表現が多いのが特徴。

しかし、『かにむかし』ではひらがなで書かれた一文が長いんです。なくてはならない味のひとつになっています。

さるのいぬまに、ぱんぱんぐりはいろりのなかに、こがにどもはみずおけのなか、はちはとぐちのうえのかもい、うしのふんはとぐちのしきいのそと、はぜぼうはうしのふんのわきにたち、いしうすははぜぼうにささえられてそのうえに。みんなじぶんのもちばで、さるのかえりをまった。

絵本『かにむかし』

子ガニや仲間たちがいじわるサルをこらしめねばと、落ち着かずせかせかドキドしている様子が、臨場感たっぷりに伝わってきます。

観客側は、子ガニたちの作戦がどうかうまくいってほしいと願います。ピリっと張り詰めた緊張感を持ちながら、けたたましく続くひらがなでの描写を目で追うことになります。

まさにスリル満点。やわらかなひらがなは、文章として続かせるとこんな力を持つんですね。驚きです。

コトノハ02/絵本『かにむかし』感想

おなじみの絵本だからと、読まないのはもったいないなと痛感しました。おそらく4歳の娘が手にとらなければわたしは「内容知っているし」と、見向きもしていなかったことでしょう。

しかし、誰が文章を担当したかで、まるで世界観が違ってきます。木下順三さんは、キャラクターたちをことばの力で活き活きした魅力的なものにつくりあげました。

特に独特な世界観をつくるのに効果的だったのは、繰り返し多用される擬音。言葉の生きたリズムのちからで、読者はいつの間にか何度も読み上げたくなる魔法にかかっています。

そういえば、野球の長嶋茂雄さん。野球指導の際には擬音を多用していましたね。感覚的に技術を習得する人ほど、体感的な言葉を使うのかもしれません。

心がおおらかになる擬音。日々積極的に使用して、コミュニケーションに活かしていきたいものですね。


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