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連作ショート「行かないでと言えない」第3話

第3話「かつての別れの言葉」


 〈京都の奥座敷〉と呼ばれる湯村温泉は、実際は山陰地方の但馬に存在する。海も山も風光明媚で、波乗りやスキー場への客も寄って行く。

 創業三百周年を越えた老舗旅館で、正社員として就業してから、もう3年になる。客室接待課主任に成っていた。そしてサラリーマンと離婚していた。

 「とらばーゆ」で見つけたこの但馬のスキーエリアで、またSKIERの私が身近になった。

 目標が無いから、午前数本午後数本滑ればもう満足で、すぐにケーキセットでお茶する時間を作るのだ。

 ホントに一般PEOPLEのスキーヤーに成ってしまって、ついでにスノーボードも始めた。まだ左ターンは〈木の葉〉でしか出来ないけど。
 
 〈元ラクター〉で〈ヤー〉で現在は〈パンピーのジモティー〉で居るのは、楽しい贅沢な時間だ。
 自分でお金払って、休日にゲレンデで過ごす事が、この上なく心の贅沢だ。もう、広告塔でも指導者でもない、ゲレンデの愛し方。

 スキーウェアもストリート系に変身。〈BURTON〉のボードも自前なのだ。だけど今でも時々リフト下をかっ飛ばし、気合の1本を〈落ちて〉行く。
『ええカッコしい』なスキーヤーの方が、注目される滑りを意識すると、どんどん上手く成って行くのだ。

 結婚して離婚する前のジュエリー販売の仕事より、この〈接待さん〉の職種が性に合っている。

 自活のために一生懸命頑張って、池袋店の店長代理にまで成ったけど、売上げNo.1の店舗に異動してすぐ、体と心を壊してしまった。

 ストレスで神経が高ぶったままで、体は疲れていないから、眠れない。
 本当はクリエイティブ分野に行きたくって、宝石鑑定士の資格勉強を始めていた。ジュエリーデザイナーを目指して。

 だけど、書籍の字が頭に入って来ない。活字を読む事すらできないで、翻訳者に成りたいなんて、夢は諦めて忘れるしかなかった。

 それくらい、疲れていた。退社して実家の近くで結婚して離婚して、このスキーエリアで一人暮らしを始めたのだ。 


 女って、愚かだ。
 もう恋なんてしない❗って決めてても、少し元気に成って来ると、また男の人を好きになる。

 女って、なんて愚かな生き物だ。だけど、女に生まれて好かったと実感している。
 そんな恋だった。
 いえ、恋みたいな時期だった。

 私はあまり感情は出て来ないし、SKIERだから現実の感覚メインで生きている。時々思考回路を使ったり、直感が閃く事は有るけど。

 接客の仕事は楽しいけれど、昭和歌謡を歌わされるのが、嫌だ。
 だって 知らない。その時期洋楽ばかり聴いて来た。
 けれどプロとして数曲は覚えて使い回した。『浪花節だよ人生は』なら振り付けで踊って見せられる。
 それより、慰安旅行の若い目社員さんとBOØWYやGLAYを熱唱する方が、愉しい。

 英語圏の洋楽育ち。ハードボイルド小説を愛読し、ドライだけどセンチメンタルな哀愁が大好きな私には、演歌の未練がましいウエット感は、しっくり来ない。

 それに輪をかけてSKIERは、眼の前のデカイコブ斜面と谷を落ちて行くので、振り返ってるヒマなど無いからだ。

 ゲレンデでしょっちゅう流れてたJ-POPを思い出して、気晴らしにLIVEにも通い始めた。
 そういえば、浜省さんも『J.BOY』の元祖だもんね。懐かしいな。行ってみよっか。。。

 今は和服を着て、和食会席料理をお出しするのが仕事モードでも、本来の私は、洋楽育ち。
 外大時代から空気のように当たり前にBossaNovaを流している。夏はReggaeをかけながら着付けしてメイク直しすると、仕事モードに切り替えがスムーズなのだ。

 若い板前さんは、頭の中でビジュアル系の音楽鳴らして天麩羅揚げたり、L'Arc~en~Cielを歌いながら休み時間にボード抱えてゲレンデやサーフポイントに行く。
 私にとっては何ら不思議ではない光景なのだ。

 冬はSKIERの時間が有ってこそ、仕事や一人暮らしが活き活きしてくるのだ。私にとって、プライベートで【恋はお休み】の時期からブレイクアウト。
 やっぱりシンコペやスタッカートを多用した、楽譜の細かい、LIVE空間。

 そこで出逢ったタクミは、そんなBPMとは変化していたMUSICIAN。
 イマドキの『上野兄弟』と似ていたのに、その頃はまだYouTubeなんて知らない。

 やっぱり私、板前とか美容師とかミュージシャンやダンサーを、好きになる。クリエイターか表現者。

 消費生活1年半の【サラリーマンの妻】を辞めて良かった。演じているだけで、何の得たものも無い、無駄な時間だった様にも思えた。
 一度は結婚しておくべきだけど。

 今でもとても感謝している。
 あのジゴクの主婦を救ってくれて癒しの時間に居てくれた、タクミに。

 愛だの恋だの癒しだの、何でも好きに呼んだらいい。
 日常から切り離した、居心地良い感覚。女である事がアイデンティティーの中の1つとして、とても腑に落ちる感触や温もりだった。

 だけど恋から始まったら、愛が終わればThe End 。つながっては行かなかった。


 終わりは突然にやって来た。

『夏のゆくえ』は浮かんでは消えていたけど、私の中での『終わりの始まり』は突如やって来たのだ。

〈♪この恋心、私のすべて♫〉
「この新曲、好いでしょ❓」
 タクミはステージの上から〈女詩〉をこう告げた。

 えっ❓それって、、、私じゃない。

 私は〈恋がすべて〉じゃない。
 恋してなくっても、SKIや仕事や没頭出来る趣味が在る。

〈仕事の部屋〉〈恋愛の部屋〉〈SKIの部屋〉〈友達や仲間の部屋〉〈家族の部屋〉などセパレートなのだ。

 私は、それらがワンルームじゃない。蜂の巣の部屋に分かれた1つで、恋が無くたってかまわない人間だし、そんな所も自分が好きだ。

 独り占めされるのは、かまわない。
 だけど束縛はしないで欲しい。
 自由な心で好きでいたい。ずっと。
 その方がアナタとは幸せなのだ。

 アナタを独占出来なくってもかまわない。だけど一番大事な女でいたい。
 束縛しないで好きでいたい。その方がアナタを好きで居られるのだ。

 後日、逢えた時に。
もちろんステージの上じゃない。
「タクミさん、離婚するって本当❓」
って尋ねた。彼は強く
「ちがう❗」
と告げた。
 その瞬間、私の中で音を立てて『好き』が壊れた。

 背中で振り向いて『ちがう❗』と告げた。
 けど、言い訳でも好いから、わかり易く伝えて欲しかった。

「そっか。。。」
と、私は呟いていた。

 束縛しているのではない。ただ、一番大事な女でいたかった。
 形や感情なんて、変わって行く。でも、あの『ぬくもりの心地』は変わらない。

 私は〈恋がすべて〉じゃない。だけど恋も必要な時が在る。そんな愛し方をしていたかった。

 受け止め切れない強い言葉に、『夏のゆくえ』は、私からの別れの気持ち。別れの言葉を言い出せないのは、男のズルさで弱さだと思う。

 だから、私がいつも決断しなくては、いけなくなる。
 そんな時『行かないで』とは言えない。『待ってる』とも言わない。

 私は言えない。なのに心は『行かないで』と訴えている。

 だけどアナタは『行ってしまった』と受け止めた。私はそう感じている。

 恋愛のコレクションしてるんじゃないのだから。。。
 シンプルなのが一番だけど、
『人生のパートナーなんて、本当に居るの❗❓』
 それが私の結論だったし、振り切ってしまった。本当はその瞬間、『好き』か『もういいよ❗』か分からなくなっている。

『好き』の気持ちが消えた時。その事が哀しくて曇り顔になってしまうのだ。
 そして逢いに行かなくなる。

 あの場所にも、ここにも、何度も来たのにね。。。
 だから今度は『私の愛し方』を探しに行きたい。


ーーー to be continued.




 



 

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