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『古今著聞集』刑部卿敦兼と北の方03(古典ノベライズ前編)

(先週から ↓ 続き)

 酔っ払ってもなお、俺の指は鍵盤の上を自在に動いた。
 当たり前だ。
 いくら不満にあざれようとも、オレはプロのピアニストだ。
 ヘッドフォンから耳へと届く電子ピアノのメロディが、自画自賛ながら心地よかった。

 この歌は、音大時代の若いころに妻にささげた歌だった。
 歌を女性に贈るなんぞ、いま振り返れば若気の至り。
 いくら結婚前の当時の妻が好きだったとはいえ、なかなかこっ恥ずかしいことをしたもんだとは思っている。
 しかし同時に、当時のオレの音楽技術をすべて詰め込んだこの曲には、ある種の誇りも感じていた。
 俺の青春そのものと言ってもいい曲だ。
 ヘッドフォンをつけたまま、調子づいてきたオレは鍵盤で弾くメロディに鼻歌のハモりを併せながら上機嫌で指を動かし続けた。

 そのときだ。
 後ろから、ぐいと強い力でオレは肩をつかまれた。
 後ろを振り返れば、果たして。

「あっくん。その曲は、学生のころに、わたしのために……」

 起き抜け寝間着ままの妻が、ほとんど蒼白な顔でオレを見ていた。
 オレはヘッドフォンを外した。
 それから「おや?」と首を傾げた。
 オレがあの曲を弾いていたことに、どうして妻は気づいたんだ?

(明日へ続く)


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