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家族ってなに?! VOL.23 ~HSP中学生1〜

HS Pの私の中学生時代です。

私の学校は校則が厳しく学業、部活動に盛んな公立学校だった。

学校の中でも私の学年は学校でも有名な程に怖い先生達の集まる学年で。
先生がローテーションのように学年を回るので卒業した学年がめちゃくちゃ荒れてた学年だったので怖い先生が揃えられてた。その学年が卒業したので私たちの学年に回ってきた。

そんな怖い先生に囲まれた3年間私にとっては暗黒の中学時代でした。

【1年生】

私の小学校からは学年の生徒の8割を占める人数が入学していく。
だから、入ったらほとんどみんな顔見知り。
残りの2割は2つの小学校からきた。
私の学年だけでも340人6クラスの市内で一番大きい公立中学だった。

私は女子バレーボール部の顧問を務める女性教師。
まぁ怖いと有名で。。。学年1怖いと言われた。
(今でこそ問題になりますが「お前ら」とクラス全体で怒られることは日常茶飯事。)


私は人見知りということもあったので、縮こまりながら最初過ごしてみんなはどういう人なのか必死に観察した。

休み時間は小学校からの友達と過ごす。これが私の日常。

学校に入ってすぐ気がついたのは、

「あー。この人達(先生達)は成績と媚び売る生徒とグレている生徒が好きなんだ」

と、早々に悟ってしまいまして、その頃から先生に媚び売る生徒に対してそんなに頑張ってどうしたいんだ。先生のご機嫌どりしてるっておかしくないかと日々思っていた。

私のように対して目立たず静かに過ごしている生徒には目もくれず。


静かに暮らしてはいたが、学校の方針、校則、先生の態度に反抗することも多かった。
(校則についても含めこの話は後程)

1年生の頃に起こったいくつかの事件を紹介。

①鎌倉聞き間違い事件

郊外学習で鎌倉に行くことになっている中、鎌倉でどこに行くか班ごとで調べている時だった。
ある男子生徒が先生の言った「鎌倉」を「キャバクラ」と聞き間違えてそれがギャグとなり言いふらしていた。
それを聞いた担任は激怒。その生徒だけではなく、注意しなかったクラス全員が怒られ挙句の果てにはこれを議題に学年集会まで開かれた。

確かにその生徒のしたことはあまりにも悪ふざけがすぎる。
しかしながら、学年集会を開いて他の生徒にその事件を知らせるのはどうかと思った。同じことを言う生徒が増えるかもしれない。ただの見せしめではないかと思った。

②バス事件

鎌倉の校外学習の時だ。
観光名所を回ってお土産も買って、バスの集合場所に向かうところだった。バスの集合場所は地図で伝えられていた。(行きは電車だった)

初めての場所、時間に余裕を持って行動していたが集合場所は見つからず。同じく見つからない他のクラスの班も見つけ一緒に探した。
それでも見つからず。刻々と迫っていく時間、焦る私達。
ケータイも無いため地図とひたすら睨めっこしながら彷徨った。
人にも聞いたが「わからない」
私たちは焦った。走った。

集合時刻は過ぎたが、なんとかたどり着いた。

走って到着した私達。

到着した瞬間担任から言われた言葉

「あと1分で駐車場の超過料金を払わないといけないところなの!💢」
「何してたの!なんで時間に余裕を持って行動しないの!」


えっ・・・・

生徒の心配よりも金か。
学校の教師を信用しなくなったきっかけとなった。

その場は優しい学年主任が収めてくれ、すぐにバスに乗り込み出発した。


その後、帰校し全員で先生に謝罪しに行った。
それでも怒りが収まらなかったのか、後日学年集会が開かれ遅刻した生徒全員みんなの前に立って謝罪させられた。

「お前達のせいで駐車料金が発生しそうになったんだ。みんなに迷惑かけたんだ」と言わんばかりだった。
私たちの言い分も聞かずに、謝罪させられた。

この、恐怖政治みたいな先生達の独裁国家はなんなんだ。とひたすら怒りを覚えた。

③クラス内でのいじめ

クラスである1人の女子をターゲットにいじめがあった。
その生徒は代謝が良いためか汗をよくかいていた。思春期の男子達はその汗の匂いを理由にいじめを始めた。

バイ菌だと言い、菌のなすりつけあいを始めた。

先生も知っていた。アンケートでも書いた。
それでも、先生は学校はそれに対してきちんと向き合おうとせず1ヶ月が経った。
酷くなっていったので、結局は先生が少し注意し、授業でいじめはダメですみたいな話し合いをして終わった。
完全にいじめがなくなったわけではないが、マシになった。

でも、これは序章に過ぎなかった。

他のクラスでもいじめが次々と勃発し不登校者が出てきた。
不登校者が出ることいじめがあることは自分(教師)の評定に響くため先生達はいじめを隠し不登校者は保健室登校してもらう様に話に行った。でも、それに応じる生徒はほとんどいなかった。

1年の頃は模範生として過ごしながらも時折感じる、この矛盾にひたすら怒りと疑問を持ち小さな反抗を続けた。


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