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家族ってなに? vol.2 〜私の父〜

私の父を紹介する。


私の父は婿養子。

父の両親(私からしたら祖父母)は今はいない。
※祖母は生きてはいるらしいが、別に家庭を持っている。

この辺は母から聞いた話なので詳細は分からないが少し話ます。

(以下、父→自分)

小さい頃、自分の父親(私の祖父)を亡くした。

死後、自分の母親は(私の祖母)家を追い出されたそうだ。

自分の父方の祖父母(私の曽祖父、曽祖母)に「育てられないだろう!」と言われ家を追い出されたらしい。

その後、祖父母の家に育てられた自分は高校生の時に祖父母を亡くした。

父の弟である叔父が「面倒を見る」と言われたそうだ。しばらくは世話になったそうだが、叔父も家庭も持っており従兄弟と一緒に暮らしていたそうだ。

でも、自分は世話になるのが嫌で気を遣って高校卒業を3ヶ月後に控え退学。

その後はすぐに働き始めた。

上京し精肉店等で働き、結婚、長女出産を機に独立。

今に至る。



そんな父との思い出はほぼ無い。

元旦に小学2年まで毎年動物園に行ってたけどお父さんが一緒に何かをやったことはない。

ただ付き添いの人って感じ。

学校行事にも1度もきたことは無い。

(ある意味自慢になるレベル)


性格は頑固、かまちょ、仕事人間。キレるとやばい。

幸か不幸か性格仕草は私と瓜二つ。

(かまちょは違うけど)

キレるとやばいのは一緒だけど、私は一個悪夢にも思える事件があった。

父と母はよく喧嘩する。

幼少期からそうだった。仕事中裏で待っていた私と姉はいつも親の喧嘩を否が応でも聞かざる得なかった。

お母さんが泣く声も、父が怒る声も。毎回毎回。。

それを聞いてる私と姉は良い子にしようと静かにしようと必死になった。聞いてないふりをしていつもの様に明るく振る舞おうとしていた。

大人になり、少しでも力になろうとたまに手伝いに行くようになった頃起きた事件だ。

その日もいつもの様に仕事のことで喧嘩が始まった。

母もヒステリックになり泣いている。それを止められない私。

さらにヒートアップしていく喧嘩。

もう嫌だった耳を塞いだ。逃げたかった。

その時、、、、、


私の目の前には目を疑う光景があった。

父が母の首を閉めていた。


衝撃だった。

喧嘩はいつものことだけど、手を挙げたのは初めて見た。

その瞬間私は泣きながら叫んだ

「いい加減にしてよ。やめてよ」

そこからは修羅場。

お母さんは「ほら首絞めたらいいじゃん」

お父さんはブチギレてるし。

私はどうしていいか分からず。


それが私にとっては大きなトラウマになった。

そこまでの喧嘩は後にも先にも知っている限りそれしかない。


今だに喧嘩が始まるとそのことがフラッシュバッグしてくる。


こんな事を娘の前でやる父の思考が理解できない。

反省の色もない

誰が見てもこれはDV

母の事を毎日侮辱している父

こんな家族おかしい。




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