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*小説《魂の織りなす旅路》 胎児・胎内

少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なのか?

【胎児】

 胎児は見えない夢をみる

 見えない母親の夢をみて

 見えない父親の夢をみる

 見えない母親に波長を合わせ

 見えない父親に波長を合わせる

 そうして 

 見えない羊水に身を浸し

 見えない羊水に身を溶かした胎児は

 始まりの者と一体になる



【胎内】

 私は私に境界線があることを知らなかった。

 無限に広がる胎内は、たくさんのさまざまな波動で満ちていて、私はこれらの波動と繋がり、混じり合う、無限に広がった大きなひとつの生命体だった。この生命力に溢れた穏やかな無限の広がりが、胎内にいる私をいつも優しく包み込んでくれていた。

 母はいつも、私に話しかけてきてくれた。母の意識が波動を通じて伝わってくると、私も波動を通じてそれに応じる。そうして、私たちの波動は幾度も幾度も呼応し、共鳴し、抱擁し合った。

 私には外の世界を感じ取る能力があったけれど、この能力が私だけのものなのか、胎児特有の能力で、どんな胎児にも備わっているものなのかはわからない。ただ、私はいつも、外の世界を見えない目で見ていた。

 父の波動は、父の境界線の内側に閉じ込められていて、私の波動と呼応し、共鳴し、抱擁し合うことはできなかった。しかし、それは父に限ったことではなくて、医師も看護師も、誰もがそれぞれの境界線に波動が閉じ込められていて、私の波動と呼応し、共鳴し、抱擁し合える人は1人もいなかった。

 それらの境界線はどれも似通った形をしていたけれど、ひとつも同じものはなくて、大きさもさまざまだった。共通点は上部が楕円で、左右にある細長いものが頻繁に動き、下部が2つに分かれていること。

 特に左右にある細長いものの動きは、見ていて飽きなかった。見ているといっても、映像として見ていたわけではないのだけれど。その細長いもので、ときおり母と私の波動に触れてくる父は、いつも波動ではなく、境界線に触れているように振る舞っていた。

 母の胎内から抜け出たとき、私は私にも境界線があることを知った。とても驚いたけれど、私の波動は閉じ込められてはいなくて、私が無限の広がりの中で、たくさんのさまざまな波動と繋がり混じり合う、大きなひとつの生命体であることに変わりはなかった。

次章【14才の少年】につづく↓

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