*小説《魂の織りなす旅路》 目覚め
【目覚め】
《目を開けて》
僕は閉じていた瞼をゆっくりと開く。眼下に見渡す限りどこまでも続く乾いた赤土と、葉もまばらな低木が点在する不毛の地が広がっている。あれからどれくらい経ったのだろう。ほんの一瞬前のようにも思えるし、何時間も前だったようにも思える。
僕は洞窟で目を閉じた。今はどこかの高台にいるようだ。遥か下方に360度見渡す限り不毛の地が広がっている。
なんだろう。何かがおかしい。
ふと足裏に違和感を覚えた僕は、恐る恐る足元に目をやった。地面がない。僕は何に支えられるでもなく、宙に浮いているのだ。一気に血の気が引いていく。
《落ち着いて》
穏やかな呼びかけが脳裏に響き渡った。と同時に、光のベールに包まれたような錯覚に陥る。体の重みがなくなり、緊張していた気持ちが緩んでいく。
僕がふうっとひと息ついたとき、視界の片隅で何かがきらりと光った。今のは何だろう? 陽光に反射した岩だろうか? その方角に視線を走らせると、遥か遠くの地面で淡い光が点滅しているのが見える。どうやら陽光の反射ではないようだ。
興味を惹かれた僕が目を凝らすと、途端に周りの景色が急速に流れ始めた。まばらな低木が形を失い線になる。次の瞬間、視界がぐるりと回った。驚いた僕は、両腕で頭を抱え込むと固く目を閉じた。
《目を開けて》
ほどなく脳裏に柔らかな声が沁み渡った。僕は両腕を緩めると、その隙間から怖々と周囲をうかがう。足はもう宙には浮いていない。直径50センチほどの丸みを帯びた光が赤土の上に鎮座し、僕の目の前で大きくなったり小さくなったりしながらホワンホワンと光っている。これはさっき遥か彼方に見えた光だろうか。どうやら僕は瞬間移動したらしい。
《触れてごらん》
《触れてごらん》
《その光に触ってごらん》
クスクスと笑う複数の意識が僕の脳裏をくすぐってくる。宙に浮いたり瞬間移動したりと、理解不能な状況になかば放心状態の僕は、呆然と誘われるがまま、まるで呼吸しているかのように大きくなったり小さくなったりするその光にそっと手を伸ばした。
とたんに周囲の赤土がさまざまな濃淡の緑に色を変えた。唐突な色彩の変化に目眩を覚えた僕は、近くにあった樹木に寄りかかる。今度は何が起きたというのだろう。落ち着け落ち着け。自らに言い聞かせながら深呼吸をする。しばらくすると激しく連打していた心臓の鼓動に代わり、水の流れる音が聞こえてきた。
周囲を見回すと、そこにはもう赤土も葉のまばらな低木もなかった。僕は生い茂る緑に囲まれている。眼前には川が流れ、空に漂う雲はピンク色に輝き、その向こう側には淡い水色の空が広がっている。なんだろう? この既視感は。
《僕は夕陽になる》
《僕は風になる》
柔らかな風が僕を優しく抱擁した。脳裏に懐かしい記憶がよみがえる。僕は僕の小さな手のひらを見つめた。そうだ。僕は自転車に乗ってこの川辺まで来たのだ。あのとき僕は、僕を解き放ち、夕陽になり、風になった。そうして、あの不毛の地に僕は生まれたのだ。
次章【境目に在る魂】につづく↓
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