*小説《魂の織りなす旅路》 境目に在る魂
【境目に在る魂】
「気づいたかや。」
男は皮袋の水筒を差し出しながら、赤土の上に横たわる僕に向かって言った。
「思い出したんやねぇ。あっちのことを。」
僕は起き上がりながら皮袋の水筒を受け取り、ぐいと勢いよく水を飲んだ。
「でも、僕にはわからないんだ。どうやら僕は、あちらとこちらの両方にいるようだ。同時にね。」
「そうやねぇ。そういうもんやねぇ。」
男がさも当たり前のように言うので、僕は少し苛立って声高になる。
「そういうもんだって? 同時に2箇所に存在するだなんてあり得ないじゃないか。」
男はじっと僕を見つめた。
「あり得ない? いやいや、普通のことさね。そら体は物質やからねぇ、同時に2箇所にはおられんよ。でも、俺らにとっては何でもないことさね。」
「俺らって、あんたも俺もちゃんとこうして体があるじゃないか。僕はあっちでは少年、こっちでは大人の男性の体だ。あんたはじいさんの体をしている。」
男は少し困ったような顔つきになり、首を左右に振った。
「まだ気づかないんさねぇ。よっぽど物質世界の影響を受けているんやねぇ。もうここは境目やのになぁ。まぁ仕方ないやね。物質世界で生まれた魂は、物質の影響を強く受けるもんさね。仕方がない、仕方がない。」
僕は混乱して、男の顔から目が離せなくなった。魂? 物質世界の影響? 言葉を失った僕を見て、男は話を続ける。
「でもやねぇ、あんたという魂がここに生まれてこられたってことはやねぇ、あと少しで、この境目の先に辿り着けるってことさぁね。」
あんたという魂? 僕は魂で、魂である僕にはあちらとこちらで2つの体があるということだろうか? 僕の心を読んだ男は、僕の体を指差しながら気楽な調子で答える。
「その体はあんたという魂が見せているものさね。本来はそんなもん、ない、ない。」
男は笑いながら左右に手を振った。
「あんたは物質世界の影響を受けているんさね。人間の体に生まれた魂はやねぇ、脳という物質の影響を受けるんさね。その影響が完全になくなれば、俺の体もあんたの体も、見えなくなるやね。」
僕は思いっきり僕の腕を叩き、足を叩き、両頬を叩いた。しかしそこに痛みはなく、あるのは薄ぼんやりとした感覚だけだった。
「あっちにも体があったろう? あっちがぁ、あんたの魂が入った本当の体さね。目を閉じて、あっちの体を思い出してみぃ。」
僕は男に言われるがまま、目を閉じた。小さな手のひらを思い出す。生い茂る草木よりも背丈の低い、夕陽に染まった小さな体。僕は少年の心臓の鼓動を感じ、夕陽や風と一体になった脳の愉悦を思い出す。これが僕の本当の体。
僕が再び目を開けたとき、そこに男の姿はなかった。しかし、男の魂が嬉しそうに微笑んでいるのがわかる。僕は僕の体を見ようとした。しかし、そこに僕の体はない。そこに在るのは僕という魂だけだ。
境目に在る僕が少年の鼓動に共振すると、少年の内に在る僕はブルルッと震える。僕は力がみなぎるのを感じた。
次章【苦難】につづく↓
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