いにしへの短編集7《祭祀アワの語り》
《祭祀アワの語り》
「何億年も前から私たち北の民は祭祀を、あなた方南の民は科学を担い、魂の波動を互いに高め合いながらともに生きてきました。」
祭祀アワの歌うような清らかな声は語り続ける。ハセ、メノワ、イマケ、そしてリアルタイムの通信を通じてこの語りを聞く南の民らは、その心地よい声に身を任せていた。
「魂を持つ生物は、それまでずっと北の民と南の民のほかはいませんでした。しかし、地の下時代に移行する数万年前のこと、ほかの生物に魂が芽生えたことがあったのです。
彼らは生と死の概念に目覚めました。そして、仲間の死を悼み葬り、生を慈しむようになりました。魂を持つ生物と持たぬ生物の大きな違いはここにあります。そして、それが魂を持つ者を苦しめるのです。
魂を知らぬ者は死を恐れる
魂を持ちながら魂を知らず
目に見えるものだけで
生きることは苦しい
彼らの作る道具は次第に精巧なものとなり、彼らは助け合うことを覚え、村を作るようになりました。そうして、彼らは己が為に生の喜びを創造することを覚えたのです。
魂を知らぬ
限りある生の喜びは
我欲を生み
我欲を持つ集団は
縄張りを持ち
縄張りは
優位性を欲する
私たち北の民と南の民も、魂が未熟だった頃は戦いに明け暮れ、そのために滅亡の危機に陥ったことがありました。負の波動の共振は、地球のバランスを崩すほどのエネルギーを発します。
共振する私たちの負の波動は、地球のバランスを大きく崩すほどに高まり、地球はそのバランスを取り戻そうと巨大な火を吹いたのです。地の上は暗闇に覆われ、多くの生物が息絶えました。
私たちは、地の下に通じる洞窟のそばに住んでいた者だけが生き残りました。そうして北の民と南の民は何百万年もの間、地の下で細々と生命を繋げたのです。
残された少数の北の民は滅亡の危機に瀕したことで、ようやく己の魂と向き合えるようになりました。自分たちの体が、目には見えない波動との繋がりが強いことを知ったのは、このときです。
残された少数の南の民は我欲を滅し、優位性の欲念を嫌うようになりました。目に見える物質との繋がりが強い体を持つ南の民が、互いのために物質を活かすようになったのは、このときです。
地の上に再び酸素が戻り、生物が息を吹き返したとき、北の民と南の民は互いに助け合い、ともに歩むようになりました。」
アワは椅子から立ち上がると、両腕を高く掲げ高らかに歌い始めた。アワの声は聴く者すべての波動を共振させる。
「人々は天と地のエネルギーを循環させ、その大いなるエネルギーで天を翔け、地に深く潜った。
私たちは
天とともにあり
地とともにあった
都市は北にひとつ。南にひとつ。独自のシステムを持つ複数の村が点在する北の都市と、共通のシステムを持つ人々が一箇所に集まった南の都市。北は祭祀を司り、南は科学を担っていた。
2つの都市は
天と地の循環のように
バランスを保つ 」
アワは歌い終えると柔らかな表情で南の民らに微笑みかけ、椅子に座った。
「魂が芽生え、我欲と優位性の欲念を持ち、己が為に生の喜びを創造する生物を、私たちは接触することなく見守り続けました。彼らの魂の波動が高まるのを待ったのです。
彼らの魂は波動は低くとも強さは微弱だったので、地球のバランスに影響を及ぼすことはありませんでした。しかし、何世代も経るうちに彼らの魂はその強さを増し、とうとう地球のバランスを崩すまでになったのです。
私たちは、悠長に彼らの波動が高まるのを待ってはいられなくなりました。彼らはまだ己の内に在る魂にも、地球のバランスにも気づいていなかったからです。
私たちは彼らに接触し、魂と地球のバランスについて伝えようとしました。ところが、彼らは自分たちとは異なる姿かたちをした私たちに、嫌悪感と恐怖心、疑惑の念を抱き、戦いを挑んできたのです。
彼らの負の波動は、共振することでその強さをさらに増しました。私たちは彼らに接触すべきではなかったのです。地球のバランス崩壊は、防ぎようがないところまで進んでしまいました。」
アワは、今度は座ったまま哀愁のある声で歌った。
「科学者たちは、大陸は裂け、金色に輝く太陽は消え去り、この地は暗闇に閉ざされるだろうと言った。祭司らは、地の下に逃れるようにという天と地の声を伝えた。
人々はできるだけ多くの動物と植物の種を、地の下に運んだ。これから続く地の下での生活が、限りなく長くなることを知っていたからだ。みなが天を見上げ、目に見える天に別れを告げた。」
アワがふぅっと一息つくと、メセマが甘い香りのお茶を持ってきた。アワはいつもながらメセマの能力に感嘆しつつ、南の民にお茶を勧めた。
このお茶には気持ちを鎮める効果がある。アワも気持ちが昂っていた。南の民らは、それ以上に昂っていることだろう。
柔らかな表情になったハセが、静かな声でアワに問いかけた。
「魂を持つようになったその生物は、どうなったのですか?」
アワは首を横に振りながら、沈んだ声で答えた。
「我々が伸ばした手を、彼らは拒絶しました。彼らは信じなかったのです。地の上に住めなくなるほどの災害が訪れるとは。
彼らは、私たちを滅ぼすことしか考えていませんでした。しかし、すべての民が戦いを望んでいたとは思いません。あの生物の中にも、魂の波動が高い者はいたはずなのです。種の絶滅は、本当に悲しいことでした。」
メマセが聞いた。
「我々の体は死んだら土になります。魂はどうなるのでしょう?」
アワは優しく微笑みながら頷くと、再び歌うような声で語り始めた。
「物質である体は見える地球に帰ります。魂は見えない地球に帰るのです。私たち北の民はそこを霊界と呼んでいます。
物質である体には寿命がありますが、魂は不滅です。私たちの魂は霊界に在りながら、幾度も幾度も体の内に入り、物質世界で生きてきました。あなたの魂も、その体が初めてではないのですよ。
目に見えるものと目に見えないものとは、別々に存在しているわけではありません。重なり合い、一体となり、常に連動しているのです。見えない霊界と見える地球も、重なり合い、一体となり、常に連動しています。ただ・・・。」
アワは、ひと呼吸置いてお茶を一口飲んだ。そうして真剣な眼差しを南の民らに向けると、意を決したように話し始めた。
「私には、ひとつ気になることがあるのです。絶滅してしまったあの生物の魂は、どこへ行ってしまったのでしょう? 私は、彼らの魂を霊界で感じ取ることができずにいます。
しかし、物質である体は絶滅しても、魂は不滅です。魂はどこかに在るはずなのです。
私は感じ続けています。彼らの魂は、再びこの地球に物質の体を持って生まれてくるだろうと。」
***
体は地球に帰り
魂は再び
新たな体を得る
アワの予言は
その繰り返しを
幾度も経たのち
実現することとなる
その生物は
巨大な体躯で
地球を闊歩することだろう
しかし、その話は
また別の物語で語るとしよう
〜 完 〜
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