生きてさえいれば

年の瀬の忙しさとは裏腹に、宮城道雄作曲ののどやかな「春の海」が聞こえてくる時期になった。宮城道雄は盲目の作曲家だ。盲目でありながら洋楽の要素を邦楽に取り入れ、見事な曲をいくつも残した。

障害を抱えながらも、類稀なる才能に恵まれる人物の話をいくつか耳にしたことがある。盲目ながらも古典を分類した塙保己一。全盲・全聾のヘレンケラー。車椅子の博士、ホーキング。世界的な著名人は尊敬と羨望の眼差しを集めている。ただし、世界的な注目を集めるまでは、おそらく好奇の目に耐えなければならなかっただろうし、人一倍努力を重ねたはずである。それらを支えた強靭な精神はなんだったろうか。

私が通っていた鍼灸院のM先生も、全盲だった。娘さんと私の弟が同級生であることもあって、仲良くして下さったのだ。非常に好奇心が旺盛な方で、治療を受けながら歴史の話をしたり、数学の話をしたりするのが常だった。大学進学のため上京してからは会うことはなかったが、それでもずっと私のことを気にかけて下さっていたそうだ。

「平行線の同位角はなぜ等しいの?」

「それはですね、2点を通る最短の線分が1本しかないことを証明しないと(前提にしないと)説明できないんですよ」

これが10年近く前に最後に交わした言葉だ。この「お題」について、M先生は最後の最後まで考えていたそうだ。

M先生は5年前に癌で亡くなった。奥様が「この人はこの世でやりたいことは全部できて楽しい人生だったと思う」とお話された。

楽しむためには困難を乗り越えなければならなかったはずだ。M先生はいつもニコニコされていたが、果たしてどれだけの苦労があったことだろうか。そんなことはおくびにも出さず、「4次元ってどんな世界だろうねぇ」と子どものような好奇心を大切にされていた。

そうか、好奇心か。

人間は知ることへの欲望を止めることができない。知れば知るほど知りたくなってしまう生き物だ。障害のある著名人も、そして、M先生も、その原動力は好奇心だったのではないか。

生徒たちはなぜ学校に通った上に塾に来るのか。進学のため。成績を上げるため。それもまた然り。しかしその根本はやはり好奇心なのではないか、とふと思うことがある。果たして私は彼ら彼女らの期待に応えられているだろうか。

「生きてさえいれば、どんな苦労をしても、自分にあった道が開ける。だから、うちの人(M先生)のためにも良い人生を送って欲しい」

M先生の奥さんがかけてくださったこの言葉。先生、私は迷いながらも私の道を進んでいます。

#エッセイ #コラム #塾 #塾講師 #宮城道雄 #春の海 #ヘレンケラー #ホーキング #鍼灸院 #鍼 #鍼 #死 #癌 #がん #生きる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?