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第37話 雨上がりの夜空に

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年5月2日。

ゴールデンウィークのピアホテルは忙しい。
いつものビジネスマンに加え家族連れが一気に増え、ビジネスホテルの寂しいフロントがさながらリゾートホテルのような活気に満ち溢れる。

僕はそんな家族連れのお客様と話をするのは好きな方なので、それなりに楽しんではいるんだけど、それでも忙しいのは身体にくる。

今はピアホテルの深夜バイトに入っているだけで確実に体力と気力が奪われているようだ。

(いっそのこと、ピアホテルを辞めてしまって脳みそを全てスウィートブライドに捧げる方がいいんじゃないか・・・)

最近はそんな事ばかり考える。

でも実際に辞めればたちまちに家計が苦しくなる訳で、いったい何が正解なんだろうと思う。お金を稼ぐ事は本当に難しいものなのである。

ピアホテルのバイトが終わり、松屋でいつもの「旨辛ネギたま牛めし」を食べる。このところの僕は、バイト明けの朝とバイトに入る前の夜に1日2回松屋の「旨辛ネギたま牛めし」を食べていた。

そして朝に厨房に入っているおばちゃんとも仲良くなり、「旨辛ネギたま牛めし」を食べながら世間話をするのが日課になっていた。

この頃の日記には、こう書いてある。

『精神面、体力面、ともにピーク・・・』

もうバテバテの状態であったが、それでも働かなければいけない。今日もバイト明けの朝、松屋で「旨辛ネギたま牛めし」を食べ、そのままプチウェディングのオフィスに向かう。そして、終日プチウェディングで仕事をして、夜は再び松屋で「旨辛ネギたま牛めし」を食べ、そのままピアホテルの深夜バイトに入り、翌日の朝まで仕事・・・という感じだった。

この日常は僕の身体を確実に蝕んでいた。

2012年5月7日。

ゴールデンウィーク明けの月曜の朝、僕はピアホテルを出て松屋でいつもの「旨辛ネギたま牛めし」を食べ、厨房のおばちゃんと世間話をした後、駅前のカフェに向かった。

今日はここで美容師の鷲尾響子と待ち合わせだ。

プチウェディングの美容師としての仕事を依頼をするために初めて会った3年前。その薄暗いバーの片隅で「いずれは大阪に自分の店を出したいんです!」と言っていた彼女は、今年本当に大阪に店を出した。

他人の事には無頓着で気にもかけず、ただ自分の夢だけに邁進している彼女の姿は僕にはキラキラと輝いて見えた。僕は姫路の片田舎で体力気力を奪われながらもがいているのに、いきなり大都会大阪の駅近に店を出すという事の凄さに感心していた。でも実際の彼女からはそんな凄みのある空気は微塵も感じないんだけど・・・。

「おっはよーございまーーす!」

姫路にいても大阪にいても何ら空気は変わらない。
いつものまんまでキラキラした「鷲尾ちゃんオーラ」を放っている。

「おはよう。電話で話をした通り、7月からスタートするよ。名前はスウィートブライド。」

そう言って僕は即席で作成した名刺を彼女に渡した。

「わぁ、ついにですね!おめでとうございまーす!」

「プランナーは僕。で、ヘアメイクは鷲尾ちゃん。今はそれだけ(笑)あ、花はブレスフローラの本田さんね」

「楽しそう!!いいメンバー集まるといいですね」

「うん。とりあえずは神谷さんのおかげで、カメラマンと司会者と音響はプチウェディングと同じメンバーでスタートできる事になった」

「事務所はどこに作るんですかー?」

「それはまだ全然未定・・・。今のところは自宅を事務所にして、ホームページだけで売っていこうと思ってる。それより鷲尾ちゃんも有言実行で梅田に店だすなんてスゴイわ!尊敬する」

「えー、そーですかー?私はセットサロンだけでなく、カフェもしたいし、ネイルやマツエクもしたいし、色々これからですよー」

鷲尾響子と話をしていると、僕が今悩んでる事がちっぽけな事に見えてくる。本当にありがたい存在。何か僕まで何でもできそうな気持ちなってくるから不思議だ。

(彼女のような人ばかり集まってきたら、スウィートブライドは楽しいチームになるだろうな・・・)

わくわくと妄想がふくらみ、彼女と別れた後も僕はしばらく夢の中を歩いているようであった。

ーーー その日の夜、家族皆が寝静まった後、僕も相当に眠気はきていたが今夜中にやっておかなければいけないリヴェラデザインのウェブの仕事があったので、ウトウトしながらもパソコンの前に座った。

深夜2時。
ようやくデザインの仕事が完了。僕は階下のキッチンに降り珈琲を入れる。デザインワークに没頭していたからか、いっときの眠気はとれていた。

デスクに戻った僕は、エヴァンスの「Portrait In Jazz」を小さめの音量で流し、珈琲を飲みながら出窓のカーテン越しに薄っすらと映る月を眺めていた。

先ほどまで降っていた雨はあがっていた。

(40代、いまだ人生に夢を持てることに感謝だな)

僕は決して大した野心がある訳ではないんだけど、ほんの少しでも自分自身のレベルアップのために挑戦できる事をありがたく思った。

もし失敗すれば、また始めればいい。
何度でもどん底から這いあがってくればいい。

今日僕は鷲尾響子と会い、少し心が軽くなった気がしていた。

(もう重く考えこむのはやめよう・・・)

全ての冒険は楽しくあるべきである。


第38話につづく・・・


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