第35話 2人の女性
スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2012年4月。
桜前線が姫路にやってきて世界遺産姫路城を最も美しく色づかせている。それに呼応するように僕の生活もようやく色彩を帯びてきた。
スウィートブライドという存在が今の僕に与える影響はとてつもなく大きい。それは心の支えであり、唯一の希望の光のようなものでもある。
『希望さえあれば、人は死なない』
これは辻仁成さんの詩集の一節だ。
脱サラして経済的に最も苦しかった頃、僕はオードリーウエディングという存在に支えられていた。当時のオードリーウェディングも今のスウィートブライドと同じですぐに利益は生み出さなかったけど、それでもその存在自体が未来の希望であり、勇気であった。
どんなに苦しくても前を向いて歩んでこれたのは、オードリーウエディングというものが自分の道をしっかりと照らしてくれていたからだろう。
スウィートブライドは今の僕にとってまさにそういう存在かもしれない。これから僕がやるべき事、進むべき道を優しく照らしてくれているのだから。
成功はしないかもしれない。
でも夢がある。そして希望がある。
希望さえあれば、人は生きてゆけるんだ。
この「希望」というものは誰しもが平等に持てるもの。2年前、僕はこの「平等」という言葉に涙した。
教会の牧師先生に、「どんな人でも平等に幸せになる権利がある」と教わったあの日。僕はステンドグラスから射し込む陽光に神の力を感じ、この牧師先生の言葉を信じてもう一度人生を頑張ってみようと思ったんだ。
僕はその時、自らに「希望」を持った。
まだしばらくは辛く苦しい生活が続くだろうが、一歩一歩しっかりと進んでいこう。
「希望」へ向かって。
2012年4月中旬。
僕は2人の女性と出会う。
それは新しいスタッフ候補を意味するものであったが、今の僕の状態ではすんなりと話が進んでいくものではなかった・・・。
丸尾佳代はアパレルショップの販売員。
元百貨店勤務という事で当時の僕の仲間から紹介されて会う事になった。
ーーー姫路駅の南口にある小さな喫茶店。
僕は彼女と会うのは初めてだったが、ちょうど僕が百貨店を退社する頃に入社していたようで、彼女は僕の事を知っていた。
背が高く、華やかで、いかにもアパレル店員って感じの女性。それでいて腰は低く丁寧で、話術にも長けていた。
(この人は、どの会社でも重宝されるだろうなぁ)
ブライダルには興味があるようだった。
ただ、元百貨店というのは色んな意味でネックになる。華やかな職場の中で有名ブランドを扱っていると、そういう富裕層の世界からなかなか抜けきれない。おそらく彼女の中でのブライダルというのは、大手のオシャレなゲストハウスをイメージしているんじゃないかと思った。
僕のような個人の、しかもオフィスすら無いようなところで働こうとは思わないだろう。そう思っていたが、いかんせん彼女の反応は違っていた。
「私、中道さんと働いてみたいです。結婚式の仕事もまだよくわからないけど、すごく興味あります」
「僕のやろうとしているのは、煌びやかな結婚式場の結婚式ではないよ。個人のプロデュース会社は、思い描いているようなキレイな仕事ではないと思うけど」
「よくわかってるつもりです。私、以前百貨店で有名ブランド衣料を扱わせていただいた後、個人のアパレルショップに転職しました。そこは有名なブランドを取り扱う店ではなかったけど、そこにしかない世界観があって、百貨店よりも色々学ぶ事が多かったです。たぶん中道さんの会社もそんな感じなのかなと思ってて」
「そうなんだ。でも、そこまで良いのならそのショップでずっと働かないの?」
「実はそこのオーナーの娘さんが今年大学卒業してお店の方に入ってきたんです。ゆくゆくは継ぐつもりなんだと思います。それから私は今年で32歳になるんですけど、販売員として年齢的にもうそろそろかな・・・って。そのあたりが重なって色々と考えている時に中道さんの話を聞いたんです。私とすれば、タイミングが合ったのとブライダルだったら年齢はまだ大丈夫かなという気もあって・・・」
「なるほど。僕としてはとても嬉しいんだけど、まだ今はスウィートブライドの立ち上げまでもいっていなくて、すぐに人を雇える状況ではないんです。また、結婚式はオープンしてすぐにお客様が来てすぐにお金が入るという事はなくて、だいたいが半年後とか1年後の予約だから、立ち上げ時はとてもしんどくてね・・・。歯切れが悪くて申し訳ないんだけど」
「いえいえ、私も今すぐ!っていう事ではないので、中道さんが雇えるようになった時に私がそういうタイミングであればいいかなと」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい。でもどうして僕と働きたいと思うの?貴女ならどこでも引く手あまたで働けそうだけど」
「この話があってから、中道さんのブログを読ませていただいたんです。仕事への想い、奥様への想い、そして息子さんへの想いにすごく共感して、この人と働いたら幸せな仕事ができるんだろうなって思ったんです」
僕は涙がでそうになった。
華やかな外見、プロの接客技術、あたたかい心・・・、ブライダルの知識はなくとも僕にもったいないくらい申し分のない女性であった。
この人を雇うには、キチンとした会社でないといけないと思った。そして給料も最低でも年齢の相場はだしてやらないといけないと思った。
今年の冬を乗り切るだけのお金すら銀行にすがっている今の僕には、彼女の存在はまぶしすぎた。
おそらくここを逃すともうご縁はないかもしれない。
それでもこの先の約束すら今の僕にはできなかった。曖昧にする事は、逆に彼女に対して失礼であると思った。
(この日以降、彼女とは何度かカフェで会って交流は続けていたが、結局スウィートブライドのスタッフになる事はなかった。今は神戸で新店を任され頑張っているようだ)
2人目は、安藤沙耶。
パレスホテルでプランナーをしていて、僕とはオードリーウェディング時代に仕事で仲良くさせていただいていた女性だ。
昨年ホテルを退社し、保険会社に転職。その保険の仕事の関係で古巣のホテルをのぞいた時に、宴会予約課の課長から僕が新しいプロデュース会社を立ち上げる事を聞いたようだ。
安藤沙耶は、以前に相葉千夏とオードリーウェディングを辞めた直後に会った時に、「中道さんがオードリーウェディングにいないなんて信じられなーい!」と安藤さんが言ってましたよ、と相葉千夏が言ってたあの安藤さんだ。
彼女と会うのは3年ぶりくらいだろうか。
プチウェディングのオフィスで彼女と会う事にした。
「中道さーん!聞きましたよー!」
3年ぶりをものともしない相変わらずの空気感。保険会社のセールスレディは彼女にとって天職なんじゃないかと思った。
「新しいプロデュース会社立ち上げるんでしょ?」
「すごい情報網やな。まだ公に発表している訳でもないけどね、一応7月からスタートしようと思ってる。スウィートブライドって言うんだ。僕もこれまで色々あったけど、これを集大成として最後の仕事にしようと思ってる」
「スウィートブライド!いい名前。どんな会社になるんですか?」
「純粋にオリジナルウェディングをプロデュースする会社にしようと思ってるよ。オードリーウェディングの時のような式場紹介ビジネスには全く興味なくて、僕自身の原点に戻って、例えば海辺で結婚式挙げるとか、公園に野花を敷き詰めて結婚式挙げるとか、そういう本当のオリジナルウェディングをやりたいなぁ」
「わぁいいですね!その夢、私も一緒に見てみたい!」
唐突な申し出だった。
この日はアパレル店員の丸尾佳代と話をしてからまだ2日しかたってなくて、従業員を雇えない今の自分の情けなさに腹立たしく思っている時であった。
今日の安藤沙耶とは単なる雑談か、または生命保険をお願いされるのがおちだというくらいの感覚でいたので、あえてプチウェディングのオフィスで会う事にしたんだ。
その彼女から、まさかスウィートブライドで働きたいと言われるなんて思ってもみなかったので、僕は一瞬うろたえた。
その日はそれ以上の即答は避ける事にした。
場所もプチウェディングのオフィスだったので、そこでスウィートブライドの話をするのも申し訳なく思い、また改めて別の場所で会う約束をしてこの日は安藤沙耶と別れた。
今の僕に人件費を出せるだけの余裕は全くないけど、それでもプランナーは欲しい。喉から手が出るほど欲しい。ひょっとして保険会社ならそこで働きながら接客がある時だけスウィートブライドで働く、みたいなかけもちは可能なのだろうか?
安藤沙耶の明るくて人懐っこい笑顔が僕の心にいつまでも残っていた。
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