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第61話 IKEAでの一日

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年5月1日。

僕の天使から店舗の鍵をいただいた。
(不動産屋の担当の若い女性を、僕は天使と呼んでいる)

「中道さん、いよいよですね!頑張ってください。応援してます!」

彼女の笑顔は、不安な僕の心を勇気づけてくれる。彼女から受け取ったその鍵は、とってもあったかくて、やさしい感じがした。

不動産屋でその鍵を受け取った僕は、見学以来数週間ぶりに店舗の前に来た。初めて自分の手で鍵を開ける。何やら儀式のような感じがした。鍵を挿しこむ手が少し震えていた。

扉を開けると、以前見学で見たままの景色だった。

むき出しになった古いタイル、はがれた壁、砕かれたようにボロボロになったコンクリート、ガレキに埋もれた上下水道・・・。以前の雑貨屋さんの面影はもうどこにも残っていない。

僕はその光景を感慨深い想いで見つめていた。ボロボロなんだけど、夢がある・・・、そんな気持ちだった。

自分のお店を持つなんて何年ぶりだろう。そして、この小さな空間は僕にどんな未来を見せてくれるのだろう。

全てを失ったあの日から4年が経とうとしていた。色んな事を思い出しながら、僕が今ここに立っている意味を考える。それは周囲の人たちへの感謝でしかなかった。がむしゃらに頑張るしかない。僕は、ぐっと拳を握りしめた。

(さぁ、ここから出発だ!)

2013年5月2日。

IKEA神戸。
僕の家族4人と義姉の家族3人、合わせて7人でサロンに置く家具類の買い出しに神戸ポートアイランドまでやって来た。こういう時は、大人数の方が色んな意見もあって楽しい。そして僕が今から始める自営業を親族に知って欲しいという想いもあった。

昨日、採寸してから僕なりに色々と考えた店舗のレイアウト図面を確認しながら、売場巡りが始まった。

メインは接客用のテーブルだ。
あの狭い店舗で2組を同時に接客するのは不可能。1組限定でゆっくりと会話ができるスペースを作りたい。そう思うと、テーブル幅は最低でも150センチは欲しい。そしてできれば木がいいと思っていた。

僕のそんな想いはいきなり実現する。

テーブル売場に入るなり、僕の眼の前にはセール品の大きなテーブルが置いてあった。よく見ると「アウトレット品」と書いてある。天板も脚も真っ白な木のテーブル。幅は180センチ、奥行きは95センチ。まさに僕が思い描いていたゆったりと大きなテーブルだった。

それだけでも気に入っていたところに、さらに2段階伸縮ときた。何と180センチのテーブル幅が、一枚天板を組めば220センチに、そしてもう一枚天板を組めば最大260センチになる。なんて素晴らしい。

(でも180センチだとその分値段も高いだろう。10万はいくだろうなぁ・・・)

そう思って値札を見ると、15万円。

(やっぱりそれくらいはするよなぁ・・・。でも、このサイズ感と雰囲気は最高だ)

そう思いながら次のテーブルに足が向きかけた僕は一瞬立ち止まった。

「えっ!・・・」

もう一度値札を見る。
15万円だと思っていたその値段は、1万5000円だった。

(マジか・・・)

僕の頭の中は、盆と正月が一緒に来たような賑わい。他の誰かに先を越されてはならぬと、急いで近くにいたIKEAのスタッフを捕まえ、購入意思を伝える。今僕の目の前に敢然と輝くこの破格の1万5000円のテーブルは、見事僕のものになった。

まさに運命の出会いとタイミングであった。

サロンの中央に置くメインの接客テーブルが白になったので、必然的にサロンは白で統一する事に決まった。ひとつ決まれば、後は早い。次は間仕切り用の飾り棚。IKEAでは扉付きや可動棚を自由に組み合わせて自分流のキャビネットを作る事ができる。幅80センチ、奥行き30センチ、高さ180センチの真っ白の木調キャビネットを3つ購入した。

次は椅子。
新郎新婦のお2人が長時間座る椅子だから、これは慎重に考えないといけない。しかし、これも初見ですぐに決まった。

麻ひもで編んだようなベージュグレーの布張りの背もたれと座面。脚はシルバーと黒のツートンカラーのアイアン。真っ白だと汚れが目立つし、ナチュラルな木の色だとそこだけ主張してしまう。そういう意味でこのベージュグレーは抜群の色合い。更に布の生地感が落ち着いた雰囲気を醸し出している。まさに一目ぼれであった。

僕が座る椅子は、コロがついた背もたれの高いビジネスチェア。真っ白であれば何でもよかった。僕のは汚れたら買い替えればいい、それくらいの気持ちだった。(実際は、7年経った2020年でもまだ使っているんだけど・・・)

大物が決まると、ホッとする。
あとは写真立てとか細々したアイテムを見て回っていた。そして照明器具の売場で、何気に天井につけるシーリングランプを選んでカゴに入れていると、皆からブーイングの嵐。

「りょう君が買おうとしてるその照明は一般家庭でつけるやつやん!店舗なんだからもっと可愛いのにしないと!」

そう言って甥っ子が持ってきたのは、シャンデリアだった。黒のアイアン調で、ろうそくとグラスキャンドルを取り付けるタイプ。

「接客するのに、オレンジ色のこの間接光では暗くない?照明なんだからスタイルにこだわるより明るい方がいいやん」

そんな僕の少しの抵抗はあっさり却下された。

「見た目大事!」

結果的にはこのシャンデリアにした事が良かった訳なんだが、この時、甥っ子家族も連れてきてて大正解であったと言う事だ。

こうしてIKEAでの一日が終わった。

素晴らしい出会いに溢れた夢のような一日であった。


第62話につづく・・・







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