第62話 店舗改装
スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
2013年5月3日。
朝早くからサロンにいる。
今日から本格的に店舗改装だ。もちろんプロの改装業者に頼んでいる訳ではない。僕が依頼したのは、ワイフと2人の息子たち。
改装初日。今日の目的は、ペンキ塗り。壁面は色が落ちていて大きなシミもあり、かなり汚い印象だ。床から腰壁にかけては昭和の古いお風呂場をイメージするようなタイル敷き。しかもところどころが欠けており、かなり手をかけないといけない状況に思えた。
そこで床は思い切って木のフローリングにした方がいいかとも考えたが、それではキレイになりすぎて落ち着き過ぎそうな感じがした。このサロンのビルは、外観が神戸の旧居留地っぽいイメージがあり、僕はそこが好きだった。扉の上の庇(ひさし)には錆びたパネルが使われていて、それもアンティークな印象にひと役かっているようであった。
僕はそんな外観に合わせるように、店内もアンティークカジュアルに仕上げるのがいいと考えていた。そのためには、あまり重厚にするよりは少し雑なぐらいがちょうどいいように思えた。
結局、床も壁面も全て白のペンキで塗る事に。
朝から家族4人で掃き掃除や拭き掃除をしていると、記念すべき1人目の訪問者がやってきた。カメラマンの手塚春彦だ。DIY好きを友達に持つと、とても助かる。
どんなペンキを買えばいいか。どんな風に塗ればアンティークっぽく見えるか。そんな手塚春彦先生の講義にふむふむと耳を傾ける。腰壁のタイル部分を杉の腰板で隠す仕様も、この時に手塚春彦先生から教えていただいたものだ。
そのありがたい講義を受けた後、家族4人でランチがてら近くのホームセンターへ。ペンキと、それを塗るハケ、ローラー、そして腰板用の杉の板も買った。
電話、ファックス、プリンターを置く台をどうしようか僕が悩んでいると、ワイフの提案で、カラーボックスに天板を置く仕様に決まった。早速A4が収まるカラーボックス4個とその上に置く大き目のパイン材の天板、そしてそれらを止める金具、目隠し用のカーテン、カーテンレールなどを揃えた。
お金をかけず改装する、というのが最大の目標であり、ここは黙ってワイフの指示に従う事にした。それが一番賢い選択なのである。
午後からは、ペンキ塗りだ。
狭いとは言っても、全ての壁面と床を塗るのはかなりの重労働。でも小3の長男と小1の次男坊は、初めて使うローラーが楽しいようで、競い合うように塗っていた。家族みんなでペンキ塗りをしていると、それだけで楽しいものだ。
僕の心には、オードリーウェディングの時のようなビジネス的意識は嘘のように無くなっていた。その心の変化に、スウィートブライドはあったかい会社になるだろうな・・・と、確信めいたものを感じていた。
ペンキを塗り始めてから数時間。最後に扉入口前の床を塗り、終了。見違えるように白くキレイになった店内。自分たちでやったという満足感と達成感が僕たち家族をやさしく包み込んでいた。
その後、帰宅途中に厨房の中古備品等が置いてあるアウトレットのお店に立ち寄った。ここでは水道の蛇口のところに置くシンクを買った。間口45センチほどの小さな1槽のステンレス製シンクだ。そのシンクを買おうとレジに向かっていると、激安のエアコンを発見。多少型は古いものではあったが、思わず衝動買いをしてしまった。
安ければ、それでいいのである。
2013年5月4日。
この日も朝早くから家族4人でサロンにやってきた。部屋中のペンキが完全に乾いているのを確かめて、什器の搬入。まずは大物のスチールラックを奥に、それからIKEAで買ったものや昨日ホームセンターで買ったものなど全て運び入れた。
僕は早速、IKEAで感動の出会いをした180センチの大型接客テーブルと椅子を組み立てる。
実は2日後の5月6日に結婚式本番が入っており、その準備のため細かな仕事がいっぱいたまっていた。接客テーブルと椅子を組み立て、パソコンとプリンターを接続し、僕はひとり結婚式の資料作りに没頭する。僕の横では、2人の息子たちがキャビネットやカラーボックスを組み立てている。ワイフは杉板をのこぎりで切り始めた。
息子たちが難所にかかると、ワイフが手を差し伸べ手ほどきをし、作業が進んでいく。息子たちもしんどいだろうけど文句ひとつ言わず黙々と作業をしていた。
(こういうのを「ザ・家内工業」と言うのだろうな)
しばらくすると、IKEAに一緒に行った義姉家族がやってきた。なんと実家で使わなくなったという大きな冷蔵庫を持ってきてくれた。これはありがたい。持つべきは家族である。
夕方には什器の組み立てが完成し、当初レイアウトとして考えていた所定の位置に全ての什器が置かれた。息子たちはヘトヘトだぁという顔をしてぐったりと座り込んでいる。僕は彼らの労をねぎらった。
「お疲れさん!ありがとう!」
店内を見渡す。
今の僕には十分すぎるほど立派なお店になった。
少し涙がでた。
2013年5月5日。
この日は、僕とワイフの2人だけでサロンで作業していた。朝一番でやってきたのは、親戚の電気技師。彼には店内の配線、シャンデリアやスポットライトを取り付けるレール、また外壁の看板用ライトなど、電気廻りを全てお任せした。さすがはプロである。仕事がキレイ、そして早い。しかも、親戚だけに無料。ありがたい。
午後一番にやってきたのは、これまた工事関連で働く親戚。彼には上水道の配管とエアコンの設置をお願いした。本当であれば下水道も整備したかったが、これには配管工事が必要で少し費用もかかるという事もあり、断念した。(2020年の今でも水道を流した水はポリタンクに溜め、いっぱいになればせっせと捨てに行っている。面倒ではあるが、これも改装費用の節約のひとつと諦めたのである)
彼の場合は水回りが専門ではなかったが、こういう工事関係はだいたい見様見真似で何でもできるのだろう。仕事は丁寧で、早い。そしてまたしても親戚だけに無料。感謝である。
夕方、明日の結婚式の打合せで、僕はフレンチレストラン「グランメゾン」へ。グランメゾンへはこのサロンから歩いてすぐ。いい距離感である。僕が打合せに行っている間もワイフはひとり杉の腰板作りに励んでいた。
グランメゾンでの打合せが終わりサロンに戻ってくると、真っ白く塗られた杉の腰板が完成していた。殺風景だった壁面が一気に愛らしい表情に変化している。さすがワイフ。この人も素人なのに、仕事が早い。
ここの鍵をもらってから5日。
ほぼ内装は完成した。
2013年5月7日。
午前中、サロンからほど近いところにあるテント屋さんを訪れた。今はまだ以前の雑貨屋さん時代のピンク色の軒先テントがついている状態。ケーキ屋さんのような半円のデザインが施されたものでとても可愛らしい印象を与えている。ただ、僕はもう少しシンプルなものが好みで、そのあたりを相談に来ていた。
テントだけでなく巻き上げ部分も新規設置するとなるとかなり工事費用が上がりそうなので、錆びて老朽化した巻き上げ部分は結局そのまま使用する事にして、とりあえず一番安い「張替え」でお願いする事に。コーポレートカラーのラベンダーブルーという色番は無かったが、それに近い水色を選んだ。取り付けは、1週間後の月曜日に決まった。
午後は、サロンに看板屋さんがやってきた。この看板屋さんは百貨店勤務時代から付き合いのあるところ。あらかじめ僕の方でイラストレーターで作ったデザイン案を見せ、打合せ。看板の設置位置は、扉上の庇(ひさし)と上階にあるバーの窓との間に決まり、この日は高いはしごを使って採寸をしてもらった。その看板に合わせて、扉の窓に貼る店名ロゴも一緒にオーダーした。
最後は、その扉である。
扉はお店の顔でもあるから、最も大切な部分。これについては予算は設けず、いいものを作ってもらおうと考えていた。
この日の夕方、僕は知り合いから紹介された建具屋さんを訪れた。お店というよりは、作業場という感じのところで、お父さんと息子さんと2人で事業をされているようだ。
入口で声をかけると、奥からぽっちゃり体型の若い男性が現れた。その体型そのままにニコニコした表情から優しさがにじみ出ている。
「中道さんですね?わざわざこんな汚いところに来ていただいて、ありがとうございます。お店出されるんですね!おめでとうございます!」
そう言って差し出された名刺には、「中村建具店 中村雄馬」と書かれてあった。
「姫路市民会館の南側で交差点に面したビルの1階です。わかります?」
「もちろん!あのあたりはよく車で通りますから。ピンクのテントの雑貨屋さんの跡ですよね?」
「そうそう。わかってくれてたら話は早い。あの雑貨屋さんが使っていた扉をそのまま置いてくれてたらよかったんだけど、退出される時に持って帰ったみたい。いい扉だったから、どこか別のところで使いまわしするのかもね。で、今は味気ない真っ白の扉がついています」
「以前の雑貨屋さんの扉、何となく覚えてますよ。確かガラス面がとても広かったような・・・」
「よく覚えてますねー。扉の3分の2くらいガラスだったかな。あの扉があの雑貨屋さんの印象を決めていたから、僕としても扉は一番重要だと思ってるんですよ。だから、いいの作ってください!」
「いやぁ。。。僕なんかでいいんですか?中道さんの期待にどこまで応えられるかわからないけど、僕で良ければ一生懸命させていただきます。あそこなら自分で作った扉をいつも車で通りながら見る事ができるから、やりがいあります!」
僕は彼の作品は全く知らなかった。いい人かどうなのかも。でも、直感的に彼にお任せしようと思った。幸せな扉を作ってくれそうに感じたから。
不思議と彼とは意気投合し、夜遅くまで打合せをした。
僕が思う扉のデザインを細かくスケッチしながら、彼に説明していく。彼も僕の要望に合わせて、細かな部品の提案をする。カタログだったり現品だったり。扉の材質、彫刻、ガラス、取っ手、蝶番などその打合せは細部に渡った。
中でも僕が一番こだわったのは、塗装の仕方。アンティーク感を全面に出してほしくて、白色をキレイに塗装するのではなく、黒色を混ぜてわざと古い汚れた感じを出すよう要望した。
制作納期は5月末。
まさに今回の店舗改装の真打ちであった。
ーーー 後日。
ワイフが今回の改装にかかった経費を計算していた。
「何とか、全部いれて30万円台でおさまりそう。安くできた方じゃないかなと思うけど」
「そうだね。相場がよくわかんないけど、上出来じゃない?」
こうして、家族総出の店舗改装は無事に完了。
ワイフ、そして息子たちの想いがいっぱい詰まったあったかいお店。
オープンは6月11日に決まった。
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