見出し画像

第68話 時の流れの中で

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年8月。

「おっはよーございまーす!」

椎名凛子と色々相談した翌日、鷲尾響子がサロンにやって来た。彼女が入ってくるだけでサロンの店内が一気に華やぐ。

サロンに入ってすぐ目につくところに、以前に鷲尾響子が開店祝いで持ってきてくれたポプラが入ったクラシカルなガラス瓶が置いてある。瓶の中のポプラの置き方が気に入らないのか、サロンに入ってすぐそのガラス瓶を手に取り、ポプラを直し始めた。

しばらく雑談した後、本題に入る。

「鷲尾ちゃん、俺、和婚を始める事にした」

「どこかと提携するんですかぁー?」

「どこというのは決まってなくて、播磨地域の全ての神社でプロデュースできればいいかなと思ってる。衣裳、美容、着付け、写真をセットにしたプランを作って、色んな神社に出張プロデュースをするという形」

「へぇー、面白そうですね!」

「こういう企画は、今全国的にも多いよね。格安プランでシステムを構築し、年間挙式数を増やし、どんどんさばいていくっていう感じのビジネスモデル。今の主流かもね。衣裳、美容、着付け、写真で98000円とか、費用的にはそんな感じかな。でも僕はシステマチックなのは嫌いだし、「年間何組達成!」って喜ぶようなタイプでもないし、もっと言うと、都会と比較して播磨地域にそれだけの婚姻数が無いというのもあるから、僕の場合は格安に軸足を置くよりは、ひと組ひと組を丁寧にプロデュースするという方向性でやっていこうと思ってるのよ」

ここで僕は昨夜から考えていた「姫路結婚式ドットコム」の根幹部分の話を切り出した。

「鷲尾ちゃん、白無垢の美容着付けできない?」

「私は和装の着付けできませんよ。それに和のヘアメイクも分野的にあんまりやってないから、できない事はないけど、私がメインでするのは難しいんじゃないかな・・・」

鷲尾響子はブライダル業界とは違う分野で活躍しているメイクアップアーティスト。ファッションショーであったり、CMの撮影であったり、イマドキの旬にこだわったヘアメイクを生業にしている。そんな彼女に、今さら古風な白無垢の美容着付けを依頼するのは何か違うようにも思っていたから、彼女からの返事は至極まっとうなものであった。

ただ、鷲尾響子のヘアメイクはスウィートブライドの根幹でもある。スウィートブライドは鷲尾響子が中心だと言っても過言ではない。僕がこれから世に打って出ようとする新企画で彼女と一緒に仕事ができないというのは、スウィートブライドとして致命的であるようにも感じた。

しかし、ここは割り切らないといけないのかもしれない。苦渋の決断ではあるが、「姫路結婚式ドットコム」はスウィートブライドと異なる形で展開していくのがベストなのかもしれないと思った。

2013年8月中旬。

ジリジリした夏の日差しを浴びながら僕は芦屋川沿いを歩いている。今日は半年前に訪れた阪急芦屋川駅近くのカフェでフリーランスMCの山岡千里と待ち合わせをしていた。

この数時間前、せっかくなので僕はJRで芦屋に向かい、マダムユリをのぞいた。お盆だったから何となく引き寄せられたのかもしれない。オーナーの洋子さんに挨拶をし、ユリさんの仏壇に手を合わせた。

『ユリさん、今から新しい企画をスタートする事にしたんです。今度はね、和装の結婚式。すごく楽しみなんだけど、まだ美容師も着付け師も衣裳屋も何にも決まってなくて・・・。どうなるかわからないけど、頑張ります。応援してて下さい』

「中道さん、今日はわざわざありがとう。ユリさん、きっと喜んでる思うわ。ちょっとお茶いれますね」

「おかまいなく!」

今日は美容室のお客様の予約が無いのか、洋子さんがお茶を手に部屋に上がってきた。

「急に来ちゃってすみません。ちょっと色々悩んでるところでユリさんの力を借りようと思って。あ、そうだ。ところで洋子さんて何歳なの?」

「急に来ていきなりそんな事聞かないでよー(笑)中道さんと一緒くらいですよ。たぶん。」

「あ、ごめんごめん。まぁでもそうだよね。あの頃はお互い若かった(笑)お互いに歳とったよね。そうそう、洋子さんはブライダル系の仕事はやってるの?」

「昔はここで働きながら結婚式の日は提携先のホテルや式場に入ってましたよ。もうだいぶ前の話ですけど」

「へぇ、そうなんだ。今はもうやらないの?僕、今美容師さん、探してるんだけど」

「私は、もう長いことブライダルはやってないですから。式場のやり方が私に合わなくて・・・、と言うか、式場の仕事は面白くなかったかな。お金はちゃんと稼げるんですけどね。でも、仕事はお金だけじゃないし。で、ある時イヤになって辞めました。もう式場の仕事はしない!って。それからは美容室からあまり外にはでなくなりました」

「なるほど。式場が合わないって言う美容師さん多いよね。同じブライダルの仕事なのに、僕らがやってる仕事と式場の仕事って何か全く別物のような気がする。まぁまだ僕もその辺がわかってるようでわかってないんだけどね」

「中道さんは昔から変わらないですよね。何て言うか、自由な人。自分がいいと思う仕事だけやるって感じ。お互いに歳はとったけど、中道さんといると、一瞬であの頃にタイムスリップするような感覚になります。本当になーんにも変わっていない。そういうところ好きです」

「そう言ってくれると嬉しいなぁ。ありがとう。あ、これから山岡千里さんとお茶するんですよ。もうそろそろ時間だから行かなきゃ。また来ます」

(僕は自由な人かぁ・・・)

芦屋川沿いを歩いていると、ブライダル業界を目指していた頃を思い出す。昔このあたりに素敵なフレンチレストランがあって、僕はそこでプロデュースをしたいと思っていた。有名なプロデュース会社がやっていたから、叶わぬ夢だったけど。

僕にとって神戸は、夢の出発点であり、挫折した時の癒しの場所であり、色んな想いが混在しているところだ。

阪急電車の高架をくぐり、芦屋川駅北側の道を西へ入った。カフェの前あたりから山岡千里が手を振っている。彼女もちょうど着いたところのようだ。颯爽と立っている彼女は、まるで婦人雑誌の表紙から抜け出たように見える。美人で華がある。こういうのを持って生まれた天性と言うのだろうな。今日は爽やかな感じの濃紺のワンピース。肩から肘のあたりは上品な感じのレース素材で涼し気な印象だ。今すぐにでも仕事復帰してバリバリできそうに思った。

「中道さん、わざわざ芦屋まで呼び出してごめんね。私が姫路まで行ければよかったんだけど。子供を預けるのが大変で・・・」

「子供、一緒に連れてくればいいのに。僕は全然構わないよ。どうせ、お茶するだけなんだし」

「ありがとう。でも子供いるとね、、、、何となく」

今日は、山岡千里から美容師と衣裳屋さんを紹介してもらう事になっている。それが今日の本題だ。しばらく雑談をした後、いよいよ本題に入った。

「美容師は、神戸で美容室を経営してて、2年前まではホテルウェディングの専属で美容をしていた人です。私と同じような感じで子供が生まれて、それで今は育休中。彼女曰く、仕事復帰してももうホテルや式場でやる気はないようで、彼女的にもフリーのプランナーさんやプロデュース会社との縁を探していたところらしくて、今回中道さんの話をしたら、ぜひ紹介して!と。洋装だけでなく、和装のヘアメイクも、カツラも、着物着付けも全てできる人で、見た目もとてもキレイな人です。ただ、最近2人目の妊娠が発覚したみたいで、すぐに仕事復帰とまではいかないようで・・・。そこだけが難点なんですけど」

「なるほど~。そこは難点ですね・・・。でも山岡さんがそこまで勧めるんだったら良い人だろうから、どちらにしても一度会いたいですね」

「衣裳屋さんは、神戸の大きなところです。神戸には個人の可愛いドレスショップも色々あるけど、そういうお店はこだわりが強いので価格設定が高いから、中道さんがこれからやる企画には合わないかなぁと思って、一般的な大手のドレスショップに声かけてみたんです。そしたら、中道さんの事知ってましたよ。会った事は無いと言ってましたけど、方々から中道さんの噂は聞いてるみたいでした。そのドレスショップからも是非会わせて欲しいと言われました」

「そうですか。それはありがとう。助かります。でも山岡さんは顔広いねぇ。さすが!」

「いえいえ、以前にお仕事をさせていただいたところばかりです。司会の仕事していると、様々なイベントに呼ばれるので、顔だけは自然と広くなるんですよ。でも今はブライダル業界も不況になってきているから、どこもが新しい事をしなきゃ!という空気なので、何か話があると飛びつくんじゃないですかね」

「うん。確かに、もうこれまでと同じ事をしていても売れないからね。僕らがやっているレストランウェディングもかなり落ちてきたし。そういう事もあって、僕も新しい企画にチャレンジしようと思ってるところだから」

「中道さんて、独特ですよねぇ。何て言うか、自由。」

「わぁ!それさっき洋子さんに言われたとこ。同じ事言うからビックリする。僕は別に自由でもないけどねぇ。何か自由ってちゃらんぽらんな感じにも聞こえる。こう見えて結構一生懸命頑張ってるんだけど(笑)」

「マダムユリ行ってたんですか!言ってくれたら私も行くのに」

「あ、そうか(笑)ユリさんとこで待ち合わせして、そのままそこでお茶よばれてもよかったよね。次はそうしましょう」

「中道さんの自由は、自分がいいと思った事だけをやるという感じ。仕事に束縛されていない、と言うか・・・。仕事にやらされていたり、仕事を追っかけているのではなくて、自分の意思でやってるという感じかな。だから素敵だなぁと思うんです」

「そうかぁ。そんな風に見えてるんだ。僕的には結構必死で生きてるから、自由とかそういうの全くわかんない。でも誉め言葉なら嬉しいかな」

人は誉めてもらえると嬉しいもの。
ただそれだけで芦屋まで来た甲斐があるというものだ。

山岡千里と別れた僕は、阪急電車で三ノ宮に向かった。北野坂をのぼり北野のドレスショップ「ホワイトルーム」をのぞいた。かなり久しぶりな気がした。

「中道さん!ご無沙汰!」

いつもと変わらぬ元気な笑顔で松田さんが現れる。変わりがないのは何よりである。僕は早速「姫路結婚式ドットコム」の衣裳について切り出した。

「松田さんとこって、和装を扱ってるんですか?店の中で白無垢とか見た事ないんですけど」

「少しは置いてるよ。中道さんのまだ見てないフロアに(笑)ただ、うちでは和装の需要がほとんど無いから」

「まだ僕が見せてもらってない部屋があるんですね(笑)これから、神社の結婚式を専門に取り扱うサイトを作ろうと思ってるんです。かなり安いプランを作らないと!と思ってるんですけど、そこで白無垢、色打掛、紋付袴のレンタル料の相談で・・・」

それからしばらく打合せに入る。
この商談がどうなるかはわからないが、松田さんとこうして仕事の打合せができる事に喜びを感じていた。

人生はなかなか一足飛びにはいかないものだ。あの頃に後退したように見えた一歩が、今では確かな一歩となっている訳で、焦らず一歩一歩なんだと改めて実感する。

商談の結果、僕が思うような理想の数字は出なかった。ただ、松田さんなりに善処してくれた事はよくわかるので、それには感謝するが、それでもビジネスとしては厳しいかな・・・という感じであった。

「あ、そうそう。先日イゾーラの鈴木さんがスウィートブライドに来てくれたんです。イゾーラは、女性のプランナーさんが専属で決まったようですね。いずれ、いつになるかわからないけど、鈴木さんと松田さんと一緒に仕事できればいいなぁと思ってます」

「そうなんですね。鈴木さんは中道さんの事たいそう気に入ってるからね。残念なんじゃない?プロデュースやってあげればいいのに(笑)中道さんの耳に入ってるかわからないけど、ロフォンデも専属でプロデュース会社入る事になったそうよ。この前ブライトリングの岩崎さんが言ってたわ」

「そうですか。じゃ、もうロフォンデの披露宴にスウィートブライドが入れなさそうですね。なるほどぉ・・・。何かこう、時代の流れってありますね。ロフォンデも伸びればいいですね。この後、ちょっとのぞいてきます」

ドレスショップ「ホワイトルーム」を出た僕は、山本通りを右に折れ、ロフォンデに向かった。ロフォンデに来るのも本当に久しぶり。ここでも時間の経過を感じさせない空気感で、石田支配人が出迎えてくれた。

「支配人、ご無沙汰してます」

僕は深々と頭を下げた。

「中道さん!元気そうで。姫路にショップ出したんでしょ?岩崎さんから聞きましよ。順調で何よりですね!」

「ありがとうございます。今日顔だしたのは、石田支配人とこに専属のプロデュース会社が入ったと聞いたので。」

「はい、そうです。プロデュース会社ではないですよ、フリーのプランナー。まだ若い女性で、熱意のある子で、やりたい!って言うから。まだこの先はどうなるかわからないけど、任せる事にしました。一生懸命やってくれてますよ」

「そうですか、それは良かった。レストランウェディング伸びるといいですね!じゃ僕が岩崎さんとこのチャペル使う時は、披露宴の紹介という形でロフォンデとはやりとりをさせて下さい」

「いやいや、中道さんがプロデュースしてくれたらいいよ。その日だけは中道さんが入れるように、プランナーの子には言うので。それか、その子と共同でプランニングできるのであれば、それでもいいし。そのあたりは中道さんのやりやすいようにして下さい」

「いや、でも、それでは気遣います。せっかく専属で入ったプランナーがいるんだったら、その人の世界観だけで創り上げないとダメだと思います。その都度色んなプランナーが入るのはビジネス的にいいかもしれませんが、先を見た時、結果的にそこのレストランウェディングは成長していない。だからスウィートブライドでロフォンデの話があれば、そのプランナーさんに紹介という形でさせて下さい」

「相変わらず中道さんは真面目だなぁ。まぁそこが中道さんのいいとこだけど。でも気持ちはよくわかったので、そのプランナーに中道さんのこと伝えときます。また一度会って話してみたら?」

「はい。そうさせていただきます。ロフォンデが発展する事を祈ってます!」

時間は確実に動いている。
何をするにもタイミングというものがあって、それは言い換えれば「ご縁」という事になるのだろう。

僕が動き出せば、そこには別のプランナーが入っている。僕がお願いしようと思ったらその女性は妊娠して仕事をしばらく休止する。これら全て、タイミングという名の「ご縁」なのだ。

そう思うと、まだまだスウィートブライドは不安定だ。そして新しい企画である「姫路結婚式ドットコム」も僕が満足する形には程遠いように思う。

ただ、僕がこれまで歩んできた人生で言える事は、物事はすぐに結果は出ないし、すぐに解決はできない、という事。僕はこれまでの挫折と失敗という経験の中でそれを学んだ。だから、今の僕に焦りはない。

一歩一歩やった結果が未来を創るんだ。


第69話につづく・・・



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?