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第36話 新たな神戸の一日

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年4月26日。

水曜木曜と2日連続のピアホテルの深夜バイトが終わった朝、ちょっと目をしょぼつかせながら僕はJRで神戸に向かった。

姫路から三ノ宮までの40分はかっこうの仮眠時間。電車に乗りこみ座席に座った途端、僕は夢の中に落ちていった。

三ノ宮駅で降りると、まだゴールデンウィーク前にも関わらず結構な人の数。サラリーマンと言うよりは、学生が多いように感じた。

僕はいつものごとく北野坂をのぼり、その先の北野通りを右へ。安藤忠雄デザインらしいコンクリートの建物が見えてくる。

(何度来ても、ステキなビルだなぁ。こんなところで働きたいもんだ)

3階のブライトリングのオフィスに入ると、すぐに岩崎伸一はいつもの人懐こい笑顔で現れ、右手を差し出し握手をしてきた。

「中道さん久しぶり!今日は来てくれてありがとう」

岩崎さんと会うのは2年ぶり。
僕が意気消沈してランブルームの話をお断りした時はメールでのやりとりだったので、そう思うと本当に久しぶりな気がした。

「岩崎さん、その節は色々迷惑かけました。」

僕は深々と頭を下げた。

「そんなの全然気にせんといてよ!」

この人の屈託のない笑顔には本当に救われる。
仕事は「人」だと言うが、岩崎さんはまさに人を大切にした仕事をされてるんだろうと改めてリスペクトの気持ちでいっぱいになった。

「実は、あれから色々考えて、もう一度プロデュース会社を立ち上げる事にしたんです。今日はその報告で」

僕はスウィートブライドの概要とこれからの仕事の展望などを話した。そして、再びこの人と膝を突き合わせて仕事の話ができる事に喜びを感じていた。

「今後、スウィートブライドとして神戸でも展開していきたいんです。その第一歩としてランブルームへの紹介をさせてもらえたらなぁと思って」

「全然いいですよ。と言うか、中道さんが会場を好きに使ってくれたらいいですよ。2年前から会場内の仕様は変えてて、今はパーティーをできるスペースにしてるんです。ちょっと見てみます?」

そう言うと、岩崎さんはスッと立ち上がり僕を連れて最上階のランブルームへと移動した。
フローリングとコンクリートの内装は何も変わっていなかったが、十字架を中心に扇上に配置してた椅子は壁面に並べられ、中央には丸テーブルや高砂らしきテーブルが感じよく置かれていた。

「最近は、ここが高砂席で、こっちのテーブルにビュッフェ料理を並べて、あとは円卓を散らせて置いてる感じで、2次会的なパーティーに使ってるんです」

「え?じゃチャペルはもうしてないんですか?」

「チャペルもしますよ。その時はここにあるテーブルを全てバックヤードにしまって、十字架をを中央に出してきて、椅子を並べるんです」

「なるほど!」

「中道さんが使うのなら、中道さんが好きなようにテーブル動かしてセッティングして下さい。僕らは手伝わないけど(笑)。お任せしますよ。うちのスタッフが手伝わなくて中道さんとこでセッティングや原状復帰をしてくれるのなら、会場費も要らないし。ここで中道さんがパーティーするとなったら、料理や配膳スタッフはうちでしますから、何でもいけますよ」

ありがたい話だった。
北野の一等地にキリスト教式やパーティーを自由にできる会場があるというのは、スウィートブライドにとってこれ以上の話はなかった。

「ありがとう!めっちゃ嬉しいです。そしたら、スウィートブライドのサイトでランブルームのページ作るので、何か画像とかってもらえます?」

「いいですよ。じゃ今うちのサイトで使ってるモデル画像、全部中道さんに送ります。適当に使ってくれたらいいですから。ただ、モデル画像には使用期限があるのでそれについてはその都度やりとりさせてもらえたら」

岩崎さんと話をしていると、パンパンと仕事が進んでいく感じがしてとても心地良い。

この後、岩崎さんが経営するフレンチレストランでランチをいただきながら色々と話に花が咲く。店を出た時は14時を過ぎていた。

僕はその足で、ロフォンデに寄った。
石田支配人と会うのも本当に久しぶりな気がした。

僕は石田支配人にも深々と頭を下げ、まずは2年前にお仕事をお断りしたお詫びから入り、その後、スウィートブライドを立ち上げる話をした。

「中道さんはそういうプロデュース会社をするのが絶対にいいよ!聞いててしっくりくる」

そう言って優しく微笑む石田支配人。
僕はブライトリングの岩崎さんににお願いしたような提携の話をさせていただいた。すると、石田支配人もふたつ返事で返してくれた。

「うちなんかで良かったらぜひ使って下さい。うちは料理と配膳をしっかりやるので、それ以外の事は中道さんが持ち込んで好きにプロデュースしてくれたらいいですよ。会場費も要りませんから。少しでも中道さんが儲けて下さい」

「石田支配人、恐縮します・・・」

僕は再び、深々と頭を下げた。
こんな何も無い今の僕に対する支配人のご厚意が心から嬉しくて、涙があふれてくるような思いだった。

時計に目をやると15時。
ロフォンデを出た僕は異人館の萌黄の館へ向かった。いつもの自販機でいつもの缶コーヒーを買い、いつものベンチに座る。オードリーウェディングを辞めた直後からだと、もう3年になる。ここに座ると、喜んだり泣いたり・・・、色々な事が思い出されるけど、今日は人のあたたかみに触れ、僕は何とも言えない謝恩の念に満ち溢れていた。

そして再び神戸で仕事ができる喜びを身体いっぱいに感じていた。

この後、夙川のイゾーラに顔を出し鈴木さんとも話をしようと思っていたが、今日はすでにおなかいっぱいの気分だったのでイゾーラに行くのは日を改める事にした。

異人館から南へとぼとぼと下っていると、ふっとあの子憎たらしい顔が頭をよぎった。

(そうだ、アポなしで驚かしてやろう)

スターバックスを過ぎ、次の交差点を右にはいったところに春本香織のオフィスがある。僕はそーっとウインドウ越しに部屋の中をうかがっていた。

「そこのおじさん、何してるのー?不法侵入で逮捕しますよー」

僕の背後からいつもの甲高い声・・・。
驚かそうと思った僕が逆に驚かされては本末転倒である。

「私の顔見に来たのね!仕方ないなぁ。入れてあげる。どうぞぉ」

何か癪(しゃく)な感じがするものの、「はいはい・・・」と、僕は春本香織の後をついてオフィスに入った。

「わぁ!中道さーん!」

入るやいなやスタッフの女性陣から黄色い声がとぶ。
ここに来ると、僕は有名人になったかのようだ。

奥のソファ席に座り、僕は話し始めた。

「香織ちゃん・・・、
ようやく夢への一歩を踏み出す事にしたよ」

右手の親指を上げてウィンクする春本香織の子憎たらしい笑顔は、今の僕には何よりも心地よいものだった。


第37話につづく・・・


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