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【旅の記憶】曇り空の街、メルボルン(Melbourne 1)

メルボルンの第一印象。どんより曇った、高層ビルが多い街。
車窓から見たビクトリア州の州都は、期待に反しあまり華やかな印象を与えてくれなかった。
この広いオーストラリア大陸で、最も憧れていた都市。

私はシティーの西の外れにあるスペンサーストリート駅で夜行列車を降り、
宿泊予定のB&Bがあるサウスヤラ地区まで電車を乗り継がなくてはならなかった。
スペンサーストリート駅は大きな長距離列車ターミナルで、私の預けていた荷物は危うくどこかに選び去られようとしていた。
「持ち主の現れない荷物」として。おそらく私がもたもたしすぎていたのだろう。
私は列車の最後尾まで走り、今まさにカートに移されそうになっていたバッグを受け取る。
ユーアーラッキー、係の男性が笑って言った。

何とか電車を乗り継いでサウスヤラに到着する。シティーからは少し南に離れているが、ショップやカフェが立ち並ぶ都会的なエリアだ。
一応「メルボルン一お洒落な街」らしい。
地図で見る限り、電車の駅からB&Bまでは歩いて十分程度という感じ。
荷物を転がしながら呑気に歩きだす。多分こっちだろうという見当をつけて。
しょっぱなから真逆に歩きだして失敗、というケースもよくあるのだが、今回は正解だった。ただし向きは、という注釈付きだ。
行けども行けども目的の通りに辿り着かない。私は地図の縮尺を甘く見ていた。
沢山の通りが、その地図からは省かれていた。いくら荷物が少ないとはいえ、全部持っているので腕が疲れる。
やっと到着したそのB&Bは、インターネットで写真も見て決めた宿だったのだが、
まず思ったのは「写真というものは綺麗に撮ろうと思えばいくらでも綺麗に撮れる」ということ。
暗く狭い部屋。暗く狭いゲストルーム。清潔そうでない共同キッチンにバスルーム。
冷蔵庫に入れられた朝食用のミルクは一カ月前に期限が切れている。
いくら何でもこれでB&Bを謳ってはいけないんじゃないか。
(そして実際、この旅行期間中で一番ひどい環境だった。もっと安い所にも沢山泊まったけど)

私の部星は半地下のような位置で、部屋にしばらくいると、暗さで気が滅入ってきそうだった。
だから私はしばらく休んだ後、シティーに行くことにした。
メルボルンの交通は、電車もトラム(路面電車)もメルボルン都市交通局(メット)にまとめられていて、チケットはゾーン制になっている。
慣れると便利なのかもしれないが、慣れないと非常にまどろっこしい。
私はメルボルン滞在中、ずっとこれに悩まされることになった。
ゾーンを決めたら次は二時間券か一日券かを決めなければならない。
二時間券というのは、まあ要するに普通の片道券のことだ。 でも二時間の間に用事が済んで往復するとか、
二時間の間にやたらめったら移動するならお得な券と言える。

トラムストップは宿から目と鼻の先にあった。要は来るときもこれを使っていればへろへろになるまで歩く必要などなかったわけだが、
のっけからトラムに乗っても降りる位置がはっきりしないので避けるしかなかった。
無論道ばたのトラムストップに券売機はない。
トラムの中でも買えると聞いていたので、やってきたトラムに躊躇せず乗り込む。
なるほどトラムの中に券売機があった。一日券を買おうとすると、何と小銭が足りない。そしてお札は受け付けないらしい。
これではどうやったって買えない。二時間券でも小銭が足りないのだ。

途方に暮れていると乗り合わせたおじさんおばさんに「どうしたどうした」という感じで声をかけられた。
私は事情を簡単に説明し、両替してもらえないだろうか、というようなことを言った。彼等は幾ら必要なのかと問いかけてくる。
一日券の値段を繰り返していると、一番安いのは?と二人ががりで尋ねるので、「もちろん二時間券でもいいけれど」と答えると、
私の開いた財布の中に、何と自分達のコインをジャラジャラと落としてしまった。
ここへ来てやっと両替ではなく、彼らは小銭をくれたのだと理解した私は、
とにかく思いつくまま感謝の言葉を述べた。
もちろん恥ずかしかったが、他にどうしようもなかった。

彼等は「この仕組みは旅行者にはわかりにくいよね」と言い合いながら別々の席に戻っていった。

※今では交通系ICカードもあるようです。
実際に旅に出られる際は最新情報をご確認いただければ幸いです。


これまでの【旅の記憶】は、以下のマガジンにまとめています。


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