見出し画像

【旅の記憶】エクスリブリスを探して

ヴェネツィアには紙製品を扱うお店が多いと聞き、紙もの好きの私はそういったショップを訪れるのを楽しみにしていた。
その中でも、事前に調べていて一番気になっていたのは、エクスリブリスを扱うお店だった。
エクスリブリス(Exlibris)とは、日本語では蔵書票と言い、自分用に好みのデザインで作成した紙片のことで、それを自分の蔵書の見返し部分に、しるしとして貼り付けるものである。
歴史あるアイテムであり、ネットで紹介されているエクスリブリスは、どれも古来の紋章や古くからある職業を表すような図案で、本好きとしては憧れずにはおれない品であった。
晴れた土曜日の午後、迷い迷って見つけたそのお店は、しかし閉まっていた。
外から店内を覗くと素敵な品がたくさん見えているというのに。
ドアが閉まっているだけでオープンしているようにも見えたし、入口に貼ってあるお知らせによると、土曜日はオープンと書いてあるのだが、年末だからイレギュラーな休日の可能性はあり得た。
こういうことはよくあって(SNSが発達した今ならこういう行き違いは少ないのかもしれない)、こんなかき入れ時に休む?という叫びが意味をなさないことは異国で経験済みだった。
それでも諦め切れず、後でもう一回来ることにして、お昼を食べに行く。人に気兼ねせずに「後でもう一回来る」や「気に入ったので一日中いる」ということができるのが、一人旅のいいところだ。

お昼は結局パニーニを買って、鳩に囲まれながら外で食べることになってしまった。一人で入りやすい店を見つけようとさまよう内に時間がどんどん過ぎてしまったのだ。
これは一人歩きの寂しいところ。
手早くパニーニを食べて再び街を歩き回り、もう一度店へ戻ると、なんと、開いているではないか。
私は興奮のあまり、店のお兄さんになけなしの英語で思いのたけを訴えてしまった。
「あの、さっき来たけど閉まってて、ランチ行ってて」
「ええと、明日は休みだけど、いつ来たいって?」
「い、今。」
「今か!開いてる。めっちゃ開いてるよ!」(くるくると店内を指し示す)
言葉が上手く出てこなくても「伝わった」と思う瞬間は確かにあって、この時はまさにそんな感じだった。
とても優しい気持ちになって、私は楽しくそこでの時間を過ごし、エクスリブリスを選ぶことができた。

「本屋」「図書館」みたいな図柄が欲しかったけれど見つからず
「画家」と「帆船」の図柄を選んでレジへ持っていく。
するとお兄さんは、商品の並んでいるところへぶらりといくと、
うーん、どれにしようかなぁ、と迷う素振りを見せてから、
紙製の美しい栞を2枚持って戻ってきた。
そしてそれを一緒に袋に包んでくれたのだった。
「グラツィエ ミッレ。I'm glad.」
私はイタリア語と英語をごちゃまぜにして礼を言うと、袋を大事に抱えて小さな運河を渡った。

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

96,427件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?