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【旅の記憶】メルボルンの台所(Melbourne 4)

昨夜早く寝たので、たっぷり睡眠をとって起きる。
朝食付きなので当然という感じで共同キッチンに向かうと、驚いたことに誰もいない。
そんなに朝早いわけでもないのに、まだ他の宿泊客は寝ているのだろうかと訝りながら、冷蔵庫を開ける。
ミルクもオレンジジュースも新しい物に変えられた気配はなかった。
ひと月前のミルクをシリアルにかける気は起こらず、食パンをトースターに入れる。パンも一体いつのものか見当もつかなかったが、何とかジャムを塗って食べた。
紅茶カップを棚から取り出して紅茶を入れる。キッチン自体が薄汚れているためか、ちっとも美味しくない。
これで朝食付きとはぼったくりだよ、と思う。 きっと皆、ここで朝ご飯など食べていないのだ。
私はこの不健全に時間の止まったようなゲストルームとキッチンエリアにもう足を踏み入れないようにしようと決意して部屋を出た。

とりあえずトラムに乗ってシティーへ向かう。特に何も予定を決めていなかったので昨日のインフォメーションセンターに寄ると、クイーンビクトリアマーケットのチラシが目に留まった。
メルボルンの台所的なこの市場で、何とお店巡りツアーなるものが行われているという。日時を確認すると、ちょうど今から行けば間に合う、というタイミングであることがわかった。
どうせここは行きたいと思っていた場所だ。当てもなくさ迷うよりそのツアーとやらに参加してしまおう。
トラムで行った方が楽だとはわかっていたが、街の大きさを掴みたかったのと、乗り過ごすとツアーの時間に間に合わなくなると思ったので、徒歩で行くことにした。

歩いてみるとシティー中心部が思っていたより広いことを実感した。シティーはきっかり基盤の目状になっており、通りを縦横無尽にトラムが走っている。
その一番外側の長方形には、シティーサークルトラムという観光客用の無料トラムもあり、時折小豆色の車体を揺らせながら見え隠れする。
天気は相変わらず悪く、シドニーで感じていた真夏の日差しはなりを潜めてしまった。今日はあちこち歩き回るつもりなので雨だけはごめんだな、と思う。

マーケットは巨大で、朝から沢山の人で賑わっていた。
一体どこでツアーの受付をしているのかわかりようもなく、市場の人に聞き聞きして、ようやく事務所のようなところに辿り着く。集まったのは約十人。一人参加は私だけ、日本人も私だけ。
私達は揃いの緑のショッピングバッグと紙皿、プラスチックのフォークを支給され市場へと入っていった。
市場は大混雑、私達は固まって歩くのもままならないという状況だった。
広いので、衣料品や雑貨の売場は割愛、食べ物屋だけということだったが、それでも充分過ぎるほど広かった。

ガイドのおばさまはこの道何年なのか手慣れたもので、ちょっと店先で立ち止まっては新鮮なフルーツなんかをナイフで切って味見させてくれる。
パン屋、チーズ屋、パスタ屋、肉屋、ワインショップ、香辛料の店、手作りジャム・・・何でもごされという感じてひたすら味見を繰り返した私達は、それだけでおなか一杯になってしまった。
このツアーは上手い仕組みになっていて、おばさんが店先で紙を渡すだけで人数分のカット済みチーズやハムが出てくるのだ。
食品の込み入った話は残念ながら聞き取る力がなかったが、市場の雰囲気と試食だけで充分楽しめたツアーだった。

ツアーの後にはマフィンと紅茶のチケットをもらった。市場内のカフェで引き換えられるということだが、その場所がわからない。
何度も聞き返していると、ツアーの間じゅう仲良くしてくれていた家族が、一緒に行きましょうと誘ってくれた。
四人ですぐそこのカフェまで移動し、それぞれチケットを出す。
ティーは何?と聞かれて何となくレモンティーを注文すると、店の人に変な顔をされた。どうやらオーストラリアではレモンティーというのはメニューにないらしい。
で、今度は白か黒かと尋ねられる。色のイメージそのままにホワイトを頼むと、予想通りミルクティーが出てきた。

一緒にお茶してくれた三人はオーストラリアに移り住んだ娘さんと、彼女にイギリスから会いにきた両親という取り合わせだった。
親の方は先にシドニーを観光してきたらしく、何とあのブリッジクライム(ハーバーブリッジを歩いてのぼる)をしてきたというではないか。
本当に海外のおじさまおばさまはパワフルというか何というか。
日本人のおじさまおばさまもパワフルだが、もょっと種類が違うパワフルさなのだ。

午後は何をするの、と尋ねられたので、博物館に行こうかと思っていると答えると、メルボルンの博物館は、建物の中に熱帯雨林を再現していて素晴らしいから、ぜひ行くといいと勧められた。
私は博物館が、このマーケットと同じくシティーの北側にあるというだけの理由で何となくそう答えたのだが、それを聞いて午後の予定がすんなり決まった。
私は家族にお茶をご一緒させてもらった礼を伝えると、そのカフェで彼らと別れた。


これまでの【旅の記憶】は、以下のマガジンにまとめています。


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