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【旅の記憶】ヴェネツィアの裏側を抜けて(旅のなかの旅 ブラーノ島①)

ヴェネツィア旅行時に泊まっていたリド島のヴァポレット(水上バス)乗り場から、
いつもとは違う路線のヴァポレットに乗船した日があった。

目的地へ向かうため、まず目指したのは本島北側のヴァポレット・ターミナルとでも言うべきフォンダメンタ・ヌオーヴェ(新しい河岸)駅。
本島といってもそんなに大きな島ではないので、
いつも本島へ観光へ向かう時に使う路線に乗り、サン・マルコ広場辺りから徒歩で北上しても到着するのだが、
時間節約のため別の路線を使ってみることにしたのだった。
心配なので確認のため、係の人に「フォンダメンタ・ヌオーヴェ?」と尋ねようとして、
「フォンダメンタ・ヌエーヴォ?」と言ってしまうが、普通にわかってくれて笑ってしまう。

・・・不思議とイタリア語は「必死で発音しても通じない」というストレスが少ないと思う。
旅する際にちょびっとかじったフランス語だけでなく、英語でもこのストレスはついて回った。
特に今回のような「地名」。シドニーの観光地「サーキュラー・キー」はこのとおり発音してもちっとも通じない。
QはQであってKではないのだ。駅ナカで道を尋ねながら「サーキュラー・クウィー!クゥウィー!」とあらゆる言い方をしてみても通じず、
(他にないやろ、さすがにわかるやろ!)と内心突っ込んだりしたものだ。

そんなことはさておき、このターミナルでヴァポレットを乗り継いで、今日はブラーノ島へ行くのである。
前日よりは幸い天気が回復し、今はまだ曇っているが、晴れ間も出そうだという。
晴れにこだわる理由は後で説明するとして、まず今乗っているこの路線が意外に見ものだった。

メイン路線とは違って本島の北側をぐるりと半周するルート。
どうやら「本島外側」は観光用にきっちりとは整備されてはいない「裏側」のようなのだ。
中心地で全く見ないクレーン車。ヴェネツィアの歴史を感じさせるものとは違う、単純に古びた壁。
そして驚いたのがヴァポレットの浮島状の停留所をたくさん係留した「停留所置き場」。
駅名が表示されたままだったのだが、余っているのか修理中なのか何なのか・・・
まるで大道具置き場のような風景を眺めていると、島全体が映画のセットじみて見えてくる。
ディズニーランドがお客様の夢を覚まさないように裏側を見せないのと同じ理屈で、
ヴェネツィアの夢から覚めたくなければ、こちら側は見ないようにしておいた方がいいのかもしれない。
でも私は、こっちもめっちゃ面白い!とつくづく感じていた。
ここは世界随一の観光スポットであると同時に、多くの住人が日常を送っている街である、ということが再認識できたから。

ヴァポレットを乗り継ぎ、ここからブラーノ島までは四十分。
地図で見た印象より結構離れている。距離的には本島から北東へ九キロ。
途中、観光地としてはブラーノ島より有名かもしれないムラーノ島を経由する。
ヴェネツィアンガラスの島として有名で、時間がある観光客はムラーノとブラーノを両方周遊する人も多い。
でも私は憧れのブラーノ一本なので、ここでは降りない。

長い船旅の果てに、島がようやく見えてきた。ただこれはまだブラーノ島ではないようだ。
停留所の名前がブラーノではないから周辺の島の一つだろう。
停留所にヴァポレットが横付けされると他の旅行客が係員に「ブラーノ?」と確認していたが、やはり次だという返事。
でも彼等の焦りはよくわかった。なぜならその島もすでに「ブラーノ島的様相」を呈していたのだから。

私がブラーノの写真を見て絶対行きたいと思っていた理由、それは島中の建物がカラフルな色合いに塗られていて、
それらをこの眼で見たい、そして写真を撮りたいと思ったからだった。
隣り合った一軒家同士が全く違うポップな色で塗り分けられている。
赤と黄色。ピンクと水色。マスタードと紫。それなのに何てしっくり収まっていることだろう。
これらの家の塗り分けは、この島が漁師の島だったことに由来する。船からでも自分の家がどれかわかるようにという工夫からだった。
それが今では他に例のない観光名所となっている。
今ももちろん住人がその色鮮やかな家には住んでいて、彼等の収入源は変わらず漁というケースもあるかもしれないが、
観光地としての収入も大きく島に貢献しているのは間違いないだろう。
必要に迫られて作った光景が今では観光に役立っているという意味では本島と同じだけど(もちろん島の大きさは全然違う)、
統一された色彩のヴェネツィア本島とのギャップに、これは行かねばと旅心がうずうずしたのだった。

晴れた日に行きたいと願っていたのも、このカラフルさにあった。今で言う「ばえる」というやつだ、多分。
さて、いざブラーノ島へ上陸だ。
上陸後のお話は次回に。

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