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【旅の記憶】スワンストンストリートを北へ(Melbourne 2)

新しい街に着いたら、すぐにでもうろうろ歩き回りたくなるのだが、それにはまず腹ごしらえをしなければならない。
この日の私は、列車の中で食べ残しの雑穀クッキーを食べただけだった。
私は街のど真ん中を南北に走るメインストリート、スワンストンストリートの適当な場所でトラムを降りて、
フードコートがあるというビルへ向かうべく東へ折れてコリンズストリートに入った。
このコリンズストリートの東側は、パリの街並みを思わせるということで、通称パリスエンドと呼ばれている。
確かにヨーロッパ風の建物が立ち並び、教会も点在していて、曇天もあいまってとても西欧的だ。
シドニーにもヨーロッパっぽい建物は数多くあったが、それとも違う。

私はそうした建物群を越えて、とても近代的なビルの地下にあるフードコートに降りていった。
地下と言っても真ん中は一階からの吹き抜けになっているので明るい。
そこにサンドイッチ、中華料理、巻き寿司の店まで一通り揃っていた。
私はその一つ一つを見て歩き、アジアンヌードルの店を選ぶと、ワンタン麺を注文して狭い店内の座席を見回した。
二人掛けのテーブルはどれも埋まっていたが、お昼時にオフィスからランチに来ているビジネスマンが多いからか、一人客が多い。
さっと見て一番声をかけやすそうなキリッとした身なりのアジア系の女性に相席を頼むと、快く引き受けてくれた。

向かいに座ると、いつも顔を合わせている同僚のように話しかけられた。 「今日はいつもより混んでるわね。」
私はちょっと驚いて、実は今朝夜行でシドニーから来たばかりだと告げると、彼女はもっと驚いたようだった。
そんな旅行者が、ビジネス街のフードコートに居合わすなどあまりないことなのかもしれない。
彼女はそのビルの宝石店で働いているらしかった。
私達はヌードルを啜りながら(彼女はカレー味のヌードルを食べていた)ぽつぽつと会話を交わした。
メルボルンに十日ほどいるつもりなら、メトロは一週間の券を買うのがいいと教えてくれた。
私はこの街で幾つかの日帰りツアー(デイツアー)に参加するつもりだったので、毎日は使わないのではないかと思ったりもしたが、
いちいち買っていると先程みたいな事態に何度も陥りそうだったので、ありがたくその忠告を受け入れることにした。
彼女は昼休みが終わる少し前に帰っていった。あなたとお話できて楽しかったわ、と言いながら。

ます当面の用事をまとめて済まそうと、再びスワンストンストリートを北へ向かう。通りは観光客で賑わっている。
私は調べてあった日本語留学センターで、一杯になってしまっていたデジタルカメラのメディアを預け、次に日本人用の旅行代理店に足を向けた。
そこで、メルボルンからのデイツアーを申し込むつもりだったのだ。
ツアーはもちろんどこのツアーデスクでも申し込めるが、こういう込み入った会話は日本語の方が安心できると思ったからである。

しかし、結果としてそのすべての手続きを英語でするはめになってしまった。
いろいろなツアーがあってどれにしようか迷っているとカウンターにいた日本人の男の子に話すと、
「まあ、どれも一緒なんですけどね。」
と面倒臭そうに返されて憤慨した私は、
「ちょっと考えます。」
と言ってさっさと出て来てしまったのである。
その対応は、なんだかちょっと横柄だった。
たまたま機嫌が悪かっただけなのかもしれないけれど、この街に住む人々の温かさに触れた後では、なおさらそう見えた。
それならいいよ、と私は思った。英語でやってやるから、と。
まったく、今振り返ると、なかなかに向こう見ずなことである。

この街に着いた観光客がまず真っ先に行くと思われるビジターインフォメーションセンター内のデイツアーカウンターに行ってみた。
今からやろうとしている英会話の質と量を思うとさすがに緊張し、遠目にカウンターをうかがう。
皆、何やら楽しげに喋り合っている。 一つ席が空いて、係の女性と目が合った。
どうぞ、と私を呼ぶ。もう逃げられない。
私は先程と同じように数種類のパンフレットを広げてみせた。
「デイツアーに行きたいんだけど、いろいろ会社があって迷ってるの。」
彼女は大袈裟に同意してみせた。
そうよねー、わかるわー、という感じで。
私はほっとして、とりあえずフィリップ島ツアーという、夜に野生のペンギンが巣に帰ってくるところを見られるというツアーについて聞くことにした。
彼女の説明によると、やはりあまりに安いバックパッカー用のツアーは、バスも小さいし寄り道しての見所も少ない。
それにおやつのデボンシャーティーもついてないよ!ということだった。
せっかくここまで来て数十ドルをけちりたくはなかったので、オーストラリアのツアー会社として有名なAAT キングスのツアーに申し込むことにする。
ツアーが決まれば今度はピックアップポイント(迎えに来てもらう場所)を決めねばならない。
ツアーの発着はほとんどすべてのツアー会社がスワンストンストリート中程のエリアからだが、主なホテルからは送迎用のバスが出るのだ。
しかし私は微妙な位置の、近くにこれといった有名ホテルもない場所に宿泊していた。
カウンターの彼女は私が地図で指し示した場所に最も近いポイントを探し出してくれた。
そこは私の泊っているB&Bから数ブロック離れた、ただの交差点だった。
こ、ここ? 本当にこんな所にバスが拾いにきてくれるのだろうか?
半信半疑で申し込みを済ませると、他のツアーの申し込みはまた後日ということにして、その場をあとにする。


これまでの【旅の記憶】は、以下のマガジンにまとめています。


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