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【旅の記憶】Always, The Beatles

前回の【旅の記憶】でアメリカのセントルイスへ行った時のことを少し書いたのだけれど
そのセントルイス滞在中に、現地在住の友人が、プールに連れていってくれた。
流れるプールやウォータースライダーなんかがある、ちょっとした遊園地、という場所だった。
何を食べて、前後にどこへ連れていってもらって、といった記憶はほとんどないのだが、
とにかく強烈に印象に残っているのは、ビートルズのことである。
浮き輪にお尻を入れ、流れるプールにぷかぷか浮いて流されていたら
スピーカーから、ビートルズの「Love Me Do」が流れてきたのだ。
あのハモニカのイントロは史上最大級に能天気で素敵、と私はごく個人的に思っている。
それを、この、セントルイス近郊のプールで手足を水にぶらぶらさせて流されるままになっている、このタイミングで聴こうとは。
当時、ええい、お盆にアメリカの友人宅へ転がり込んでしまえ!と思うぐらいにはいろいろしんどいこともあったように思うのだけど
あの瞬間の、多幸感とでもいうべき豊かな感覚は、なぜか今も強く心に残っている。

もう一つ、強く残っている体験は、オーストラリアのメルボルンでのことだ。
私はその時、オーストラリアの町を夜行列車で移動しながら旅をしており、
その日もメルボルンの町外れの駅で、アデレード行きの列車が来るのを待っていた。
私は一人きりで、夜に見知らぬ町へ移動しようとしている。
自分で決めてやっていることなのに、何だかとても孤独だった。
私の周囲には巨大なバッグパックを背負い、腕に枕を抱えている、旅慣れた各国の人々が、私と同じ列車を待っていた。

季節は夏から秋に変わる頃で、少し肌寒くなってきた私は、待合室へ場所を移った。
そこは荷物預けの受付も兼ねたところであり、たくさんの旅人でごった返していた。
預け荷物には重量制限があったのだが、多くの旅人が制限を遥かに超える荷物を持っており、
その荷物を仲間と分け持って何とか制限内にして預けたい、という熾烈な戦いが繰り広げられていたのだった。
荷物すべてをいったん床に出してしまって、もうここに住んでしまうのではないか、と心配になるような人たちもいた。

彼ら彼女らの奮闘ぶりを見るともなしに見ていたら
ふいに部屋のラジオから、ジョン・レノンの「Imagine」が流れてきた。
誰もそんなことは気にも留めず、荷物のことに必死、なように見えた。
それなのに、あの、「ユ、フー」という高音のフレーズのところで、その場のほとんどの人が声を合わせた。
いろんな国の、いろんな人たち。いろんな声。
「想像してごらん、国などないということを」と歌うジョン・レノン。
私は驚いて眼をみはり、それからとても心が温かくなるのを感じた。

世界情勢について、生半可な知識で語るのは難しい。
ただ、平和について思うとき、あのメルボルンの夜のことを思い出す。

私は洋楽に詳しくはないので、ビートルズやジョン・レノンの有名曲しか
耳がキャッチできていない可能性は充分にあるけれど
旅先で彼らの楽曲に出くわした経験はほかにもある。
その度に、日本人の私が、イギリスの国民的ミュージシャンの曲を、
別の異国の地で耳にしていることに不思議な気持ちがしたものだった。
いつかまた、そんな経験を増やせたらいいな、と思っている。


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