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#フランス革命
ナポレオンによってオーストリア支配から解放されたイタリア・ルッカ。鬼才パガニーニもナポレオンを讃えた!パガニーニ『ナポレオン・ソナタ』
こんばんは。名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassicca)です。戦争に直面した戦勝国と敗北した国のそれぞれの立場によって、同じ歴史の一場面でも全く正反対な評価を得るものですね。
フランス革命の申し子のようなナポレオンの人生は、まさにヨーロッパ中において英雄と侵略者の両面を振り子のように捉えられました。今日も「フランス革命×クラシック音楽」シリーズの8本目をお届けします。
ニコロ・パ
ハイドンがイギリス在住の際に聞いた国歌がナポレオンによって侵略されたオーストリアへの愛国心を強めた。皇帝讃歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』
こんにちは名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassicca)です。今日は、「フランス革命×クラシック音楽」シリーズです。
ヨーゼフ・ハイドン:皇帝讃歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』が生まれたきっかけ舞台は18世紀末のイギリス。エステルハージ家楽団の楽長として約30年間務めていたハイドンが、1790年に当主の死亡とともに解雇され、1791年、イギリスの興行主ザロモンの招きによりロンドンに
祖国の敵ナポレオンのロシア遠征を大敗に導いた祖国戦争。チャイコフスキーは1812年大序曲に何を込めたのか
前回は、ベートーヴェンが1813年に作曲した「ウェリントンの勝利」という曲に纏わるエピソード、そしてナポレオンが完全に失脚する原因となった1815年のワーテルローの戦いについて書きました。
フランスの英雄は、ヨーロッパ諸国やロシアにとっては宿敵でしかなかった。フランス革命は、フランス国民による封建制度や王政への否定を形にしたものでした。これに脅威を抱いたのは、引き続き王政を維持する周辺のヨーロッ
フランス革命におけるナポレオンに失望したベートーヴェンは何を新たな希望としたのか。「ウェリントンの勝利 Op.91」
こんにちは。名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassicca)です。
前回、ベートーヴェンが交響曲第3番を書いた際、当初献呈するつもりだったナポレオンが自ら皇帝に就いたことを嘆いて「ボナパルト」とつけていたタイトルを「英雄」に変えてしまったエピソードをご紹介しました。
新たな英雄を讃えた「ウェリントンの勝利 Op.91」
そして今日ご紹介するのは、ベートーヴェンが1813年に初演した「
フランス革命記念およびフランス共和国設立記念に行われた「パリ祭2020-14 juillet」の様子をまとめました。
先日の記事でお伝えしたように、7月14日はフランス革命記念日およびフランス共和国設立記念日となります。毎年フランスでは祝日とされていて、日本では通称「パリ祭」、フランスでは「14 juillet」という催しが1日かけて行われます。
コロナ感染拡大の影響で、開催されるか危ぶまれましたが内容変更もあったようですが、大筋では例年通りの開催にこぎつけられたようです。今日は、今年の「14 juille
ベートーヴェンにとっての英雄になれなかったナポレオン。フランス革命の複雑さ~ベートーヴェン:交響曲第3番『英雄』
こんばんは。名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassicca)です。フランス革命とクラシック音楽の関係をテーマにした第4回?です。
今日のテーマは、ベートーヴェンとナポレオンの切ない関係について。とても有名なエピソードの残るベートーヴェン作曲の交響曲第3番『英雄』を取り上げます。
今日は少し長めです。
ナポレオンの半生~誕生から皇帝へ
ナポレオンが生まれたのは1769年のコルシカ島
7/14はフランス革命記念日を祝う『パリ祭』~ドビュッシーは『花火』を描写する
こんにちは、名古屋クラシック音楽堂(@nagoyaclassica)です。今日のテーマは、フランス革命記念日とバスティーユ監獄襲撃、ドビュッシー作曲の「花火」についてです。どうぞお付き合いください。
忘れてはいけない、この7月14日の裏にあるものを、アンシャン・レジームに対する新時代の勝利は戦いの末にあることを。忘れてはいけない、1789年の7月14日 (= バスティーユ監獄襲撃) の後には、1