ついに生ライブが観れた日
繁華街のビルの地下二階にある小さなライブハウスを目指して階段を降りる途中、足元から女子高生の華やかな笑い声が響いてきた。
場違いなんじゃないか。
一瞬、そう考えて足が止まる。
軽音部でバンドを組んでいる高1長男が初ライブを行ったのは7月。それから文化祭や大会などで何度か演奏しているが、感染対策の一環から親は観に行くことができず、私は転送された動画を何度も見返しては、いつか生ライブを観たいと気持ちを募らせていた。
そして世の中が落ち着きを取り戻しつつある今、他校と行う合同ライブが観客OKでの開催に決まったと聞いた時、「絶対行く!写真も撮りたい!!」とテーブルから身を乗り出して答え、その母の勢いに「う…うん」と長男は若干引いていた。
この機会を逃したら次はいつ観れるか分からない。しかも場所はライブハウス。写真の練習も含めて、何があっても行きたい。
久しぶりに念入りにレンズの掃除をし、ライブハウスの場所を調べ、自主練をしたいという長男のスタジオ送迎に励み、私は遠足を待ち侘びる子供のようにワクワクした気持ちで当日を迎えた。
それなのに楽しそうな高校生の声を聞くと、この中におばちゃんが混じるってどうなん?ともう一人の自分が囁いてくる。長男から他の子の親も観に来るとは聞いていたが、高校生ともなると親の顔はおろか子供の顔すら知らない。今まで家族やママ友と参加していた小中時代の行事とは違って、一人で訪れたライブハウスはなんだか心寂しい。
今日は写真を撮りにきたんだから。
もう一人の自分にそう言い訳をしながら再び階段を降りる。受付を済ませると顧問の先生に挨拶をして場内に入った。キャパ250人というライブハウスは、実際はそんなに入らないだろうと思う程に狭く、私は目の前のステージにレンズを向けながら、薄明かりの中でカメラの設定を行った。
すぐそこにあるステージの真上からは色鮮やかなライトの光が降り注ぐ。長男の出演は二番目だったので、最初のバンドの演奏を見ながらシャッターを切って練習した。初めてのライブハウスでの撮影に悩みながら、どうにか「これだ!」という設定に辿り着き、落ち着いたところで周りをぐるりと見渡してみる。
後ろの方で保護者らしき人もいたが、観客のほとんどは高校生。ノリノリの子、スマホで動画撮影をしている子、軽く身体を揺らしながらじっとステージを見つめる子。それぞれが思い思いに音楽に浸っている。周りのことなど気にしない若者達を見ていると、さっきまで場違いかもしれないと感じていた気持ちは吹き飛び、素直に『今日は楽しもう』と思えた。
感染対策の為、1組終了するごとに一度全員が外に出て換気をする。再入場すると、まだまばらな人の間をすり抜けて一番前を陣取った。この図々しさに自分はやっぱりおばちゃんなんだと苦笑する。
「カワイイ!!!」
すぐ後ろから声援が飛んできた。髪を明るく染めて大人っぽいメイクをしたボーカルの女の子が、その声援にニコッと笑いながら手を振ると、再び「キャー!!!」と黄色い歓声が上がる。
確かにカワイイ。
私からすれば声援を送っている彼女達もとてつもなくカワイイのだが、堂々とした立ち振る舞いのボーカルからはカリスマ性を感じ、同じ女子高生から憧れの声援が飛ぶのも納得できた。
長男がドラムを担当するバンドは、ボーカル、ツインギター、ベースの5人。ステージに立った彼らは、それぞれ楽器の調整をして音を合わせていく。だんだんと大きくなる音量に胸が高鳴りながら、じっと演奏が始まるのを待つ。
「OK!」
照明が落とされ暗くなった。ボーカルと目を合わせ軽く頷いた長男がスティックを叩いて軽快にリズムを取ると、一気にステージが明るくなり演奏が始まった。
わぁ、すごい。
文化祭後から練習していた新曲だ。ボーカルが両手を頭上に掲げ手拍子を促すと、みるみる観客の手拍子が場内に響き渡る。照明が光の弧となって5人をチカチカと照らし、イントロから激しい曲が高波のように空気を揺らし一体感が生まれる。
カッコイイ。
全員カッコよかった。圧巻の歌唱力に加え、まだまだ余裕のあるギター二人に、落ち着いたベースと力強いドラム。そのどれもカッコイイ。
忙しなくシャッターを切って画像チェックしてステージを観て、またシャッターを切って画像チェックするを繰り返しながら、私はずっと『いいな。いいな』と思っていた。
ステージに立つ息子、演奏するメンバー、飛び跳ねる観客、その全てからエネルギーを感じた。3年間しかない高校生活を、存分に楽しんでいる彼らが放つエネルギーはすごい。
これが青春だな。
演奏は4曲、時間にして20分程度。しかし運動会や文化祭とは違う盛り上がりに、この瞬間を一枚でも多く残そうと思った。青春を忘れないように。いつか青春を思い出せるように。目に焼き付けるより、写真に残しておきたいと思った。
*
翌日、撮った写真の編集を終えると長男に送る。すると長男から「昨日の動画いる?」と聞かれたので、「いる」と答えるとすぐにスマホへ転送してくれた。
「これ…お母さんやん」
その動画の右下にずっと映っている頭。ひとりだけ動かずにレンズを構えているのは、紛れもなく私だ。どうやら「カワイイ!!!」と声援を送っていた子達が撮ってくれていたようだ。
「本当だ!お母さんおるやん」
ずっと動かない頭は邪魔だっただろう。きっとボーカルの子を撮りたかったはずなのに、こんなおばちゃんの頭がずっと入り込んでしまって申し訳ない。
「なんか…ごめんって謝っといて」
そう言いながらも、私の頭の上でドラムを叩く長男を見て笑えてきた。思いもよらない『共演』ができたのはちょっと嬉しい。
「うん、言っとく」と、長男もケタケタ笑う。
これは私の遅い青春かもな。
そう思いながら、この動画は大事にしなければとパソコンに保存した。
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