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【時事考察】ゲーム『8番出口』をプレイすると人間がいかにして学習するかを理解できる

 昨年末から『8番出口』というゲームが流行っている。実況動画を中心に人気が高まっているが、そもそも発売から1日で3万本超売れるなど、異例のロケットスタートを記録していた。

 steamの販売価格は470円とお求めやすい。内容はウォーキングシミュレーションと呼ばれるジャンルで要するに歩くだけのゲーム。敵を倒したり、アイテムを集めたり、レースをしたり、遊びらしい遊びは特にない。

 しかし、歩く舞台が普通じゃない。東京都内の地下鉄駅構内を思わせる無機質な空間が舞台なのだ。

 とりあえず、前に進んでみたところ、不思議なことが起こる。いくら歩いても歩いても、同じ通路に出てしまう。つまり、無限ループになっているのだ。

 そして、このゲームのルールが示される。

ご案内
異変を見逃さないこと
異変を見つけたら、すぐに引き返すこと
異変が見つからなかったら、引き返さないこと
8番出口から外に出ること

『8番出口』

 この段階では異変とはなんなのかわからないけれど、やっているうちに、なるほど、この通路にはおかしなことが起こるらしいとわかってくる。

 例えば、

禁煙マークが暴れまくったり、

映画『シャイニング』みたいに大量の血が流れてきたり、異変としか言いようのない現象がランダムに巻き起こる。

 異変が起こったら引き返し、起こらなかったら前進する。これを繰り返しているうちに、案内板に記された出口の番号が0から1へ、1から2へ、順番に増えていく。最終的に8番出口まで辿り着くことが目的である。

 要するに、立体的な間違い探しなのである。

 ここでご紹介した異変はわかりやすいので、誰が見ても一目瞭然、簡単に引き返せるけれど、中には振り向かなければわからなかったり、時間をおかなきゃ表れなかったり、見つけにくい異変も混じっているのが憎らしい。

「今回は異変がないから真っ直ぐ行くぞ」

 そんな風にダッシュを決めたら、積み上げた数字が0に戻ってしまう絶望が繰り返される。

 一応、steamの商品紹介によれば、想定クリア時間は15〜60分となっている。異変の組み合わせによって、難易度が大きく変わるため、ブレが出るのは仕方ない。YouTubeの有名実況者の中には初見数回で攻略している人がいる一方で、相当、苦労している人もいた。

 ちなみにわたしは2時間もかかってしまった。途中、本当に地下鉄の駅に閉じ込められたような気持ちになってきて、自宅のパソコンを操作しているにもかかわらず、

「おうちに帰りたーい」

 と、泣き言を吐いていた。

 結局、運が悪かったのか、見落としやすい異変が出まくったせいで辛酸を舐めさせられた。

 スマホで正解の写真を撮って、あらゆるオブジェクトのサイズを測ったり、色を確認したり、すれ違うおじさんの動くスピードをストップウォッチで数えたり、FBIになったつもりで徹底的に調べ尽くした。失敗したら、必ず現場を隅々まで検証した。少しでも疑惑があったらメモに記して、次回のチャレンジではその点を深掘りした。もしかしたら、音に異変があるのかもしれないと考え、ヘッドフォンを装着した。

 こうして、努力に努力を重ねまくって、わたしはすべての異変を発見した。もちろん、無事、8番出口から地上へ生還することにも成功。めでたし、めでたし、ハッピーエンドを迎えた。

 さて、その過程で、このゲームは人間の学習を巧みに再現しているものだと理解した。そして、その点でもって、いかに傑作であるか確信した。

 まだプレイしたことのない方はぜひとも実際にプレイして頂きたいのだけど、わかりにくい異変は本当にわかりにくく、こちらが見落としているのではなく、ソフト側のバグでクリアできないんじゃないかと腹が立ってくるレベルなのだ。

 何度、やめてしまおうと思ったことか。

 でも、念のため、隅々まで調べ尽くしてみると、意外なところに異変が見つかる。しかも、それが気づいてしまえば、どうして気づかなかったのか不思議なくらい明らかな異変なので面白い。

 異変の数は全部は31個ある。一度、わかった異変は忘れないので通路を歩く経験を積めば積むほど、どこをどの順番でチェックすればいいのか、自分の中で効率的な方法ができあがってくる。

 二時間前、始めたばかりの頃はなにをどうすればいいのかもわからなかったというのに、いまではスイスイ、このダンジョンを簡単に脱出できる。異変を探そうなんて意識しなくても、自然と異変を判別できるようになっているのは驚きだ。

 まさにこれはトライ・アンド・エラーであり、反復練習であり、我々がなにかをできるようになる学習の基本である。

 子どもの頃、なぜ、九九を覚えなきゃいけないのかわからなかった。どうして漢字練習帳が真っ黒になるまで同じ字を書かされているのかわからなかった。アイ・マイ・ミーをリズムよく唱えているのも謎だった。箸の持ち方が違うと叱られる理由も不明だった。

 しかし、それらの蓄積があるからこそ、いま、わたしは簡単な計算はできるし、言葉も書けるし、英語もちょっとだけ話せるし、ご飯も普通に食べることができている。本来、どれも複雑な工程を要するはずなのに、「日常」の一言で片付けられるほど、労力を意識しない。たぶん、そんなことが他にもたくさんあるのだろう。

 人間の脳はエネルギーをもとに動いている。エネルギーは食べ物を通してしか得られないので、無限に使えるわけではない。当然、燃費のよい動かし方が求められる。

 このとき、脳は生きる上で必要なことは最低限度の労力で繰り返し行えるようにするらしい。パソコンで言うところのショートカットキーの登録であり、要するに、記憶のことである。

 そして、生きる上で必要かどうかを判断する基準は単純で、その行動が人生において何度も求められるかどうかなのである。

 たとえば、子どもは大人に比べて物事の吸収力が高いけれど、これまで生きてきた時間が短いため、あらゆる行為が重要であると脳が判断しやすいからと言われている。逆に、歳をとると長いこと生きてきた実績をもとに、新しい物事を覚えなくても死にはしないと脳が判断するらしい。

 してみれば、我々は日夜、記憶力が低下していくばかりではないかと悲しくなるが、ひとつだけ、脳を騙す方法がある。

 それこそ、ゲーム『8番出口』が提示したルールで、ある知識を身につけなければ終わらないミッションを短期間で反復しまくるという方法なのだ。

 生きる上で必要だと脳に錯覚させることができれば、いくつになっても人間は新しい知識を獲得できる。理論上、それは導き出せるけれど、シュミレーションとして手軽に、かつ、楽しく体験できるゲーム『8番出口』は本当に傑作だった。




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