【ペライチ小説】_『娘帰る』_25枚目
未来よりも過去の方が長い。そんな言葉をおばあちゃんの口から聞いて、少し、切なくなってしまった。
「むかしをあれこれ振り返っても、いまさらどうにもできないわけだし、前を向いて、明るく元気に生きていくのが一番、ってことはわかっている。それでも、うっかり、うっかりね。一応、こんだけ長く生きてしまうといろいろなことがあったのよ。そういうすべてをなかったことにはできなくて、逆に言うと、むかしを思い出していると、その中にこそ、自分自身がいるような気がしちゃうのよね。本当の自分は、むかしを思い出しているいまの自分なはずなんだけど、思い出されているむかしの自分の姿の方が本当の自分のように感じる。って、よくわからないよね。ごめん、ごめん。ちょっと飲み過ぎてしまったかも」
はい、これで話は終わりと言わんばかりに、おばあちゃんはウフフ、可愛く俯いた。こちらに言えることはなにもない。毎度のことながら、わたしのせいで会話が止まってしまった。
スマホを取り出し、ロック画面の地球を見ながら、いつも通り顔をしかめた。
「あ。やば。そろそろ帰らなきゃ。今夜中に資料を仕上げろって連絡入ってた」
相変わらず、下手くそな演技で忙しさを演出した。
「あらあ、それは大変ね」
おばあちゃんは今日も真面目に付き合ってくれた。その上、ポケットから封筒を取り出し、
「じゃあ、これね」
と、押し付けるようにお金を渡してもくれた。
「いや、悪いよ」
「いいから、いいから。受け取って。感謝の気持ちなんだから。大人になっても孫が会いにきてくれるなんて、そうそうあることじゃないんだから。凄いねえって、みんな言ってくれるもんだよ」
三回ほど、すったもんだを繰り返し、最後にはちゃんとわたしの手元に収まった。お決まりの茶番劇ではあるけれど、わたしはこのやりとりが好きだった。
「じゃあ、また、遊びに来るよ。来月か、再来月か。まだわからないけど、電話するね」
「いつでもいいよ。楽しみに待ってる」
靴を履き、外に出た。背後ではおばあちゃんもサンダルを突っかけていた。
「こんな格好だし、その辺までね」
雨は上がったみたいで夜風は妙にぬくかった。真っ黒な空に天高く月が煌々と輝いていた。まん丸で大きくてモッツァレラチーズみたいに真っ白だった。よく見るとこちらに向かって落ちてきているような迫力に満ち満ちていた。おばあちゃんは思い出したように、
「たしか、今日、スーパームーンじゃなかったっけ」
と、言った。
「そうだ、そうだ。スーパームーンだ」
ニュースなんて見ていなかったし、そもそもスーパームーンがなんであるか、そういう呼び方があること以外、なにもひとつも知らないくせして、適当に相槌を打ってしまったのはその月が本当に大きくて、太陽みたいに堂々としていたからで、なるほど、これこそまさにスーパームーンに違いないと、その名に恥じぬ説得力をたしかに感じた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?