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【ペライチ小説】_『娘帰る』_17枚目

「なんで。なんで、お父さんはそんななの」

「落ち着けよ。俺はなぁ、真紀。父親として申し訳なく思っているんだ。父親らしいこと、これっぽっちもできなくて。だけど、俺も俺なりに苦労してきたんだよ。それを、なんというか、少しでいいからわかって欲しいんだ」

「苦労。苦労ってなに。なんなの、苦労って」

「苦労は苦労だろうが。あー、もう。さっきからうるせえなあ。わかんだろ」

 父親は父親でヒートアップしていた。

「借金、借金、言うけどよお。こっちにも事情があるんだよ。だって、ちゃんと生活費は渡しているのに、貯金だ、将来の学費だ、なんだかんだとかこつけて、給料からいろいろ勝手に引かれるんだぜ。そしたら、俺の手元には金、全然残らねえだろ。だから仕方なく借りただけで、別に贅沢してたわけじゃねえからさ。そこんとこ、勘違いして欲しくねえんだわ」

「競馬とか風俗とかに使ってたんでしょ」

「はあ。そんなの大した金額じゃねえし」

「意味わかんない。結局、遊ぶために使ってんじゃん」

「ああ、そうだよ。遊ぶための金だよ、ぜんぶ。ただな、遊ぶ金が重要なんだよ。遊ぶ金がなかったら、なんのために仕事しているんだかわかんなくなっちまうんだろうが」

「なんのためって、家族のためじゃないの」

「アホか。さっき言った通り、生活費は渡してたんだよ。俺はなにも稼いだ分だけ遊びたいなんて言ってねえから。人間、少しくらい遊ぶ金が残ってないと生きてる意味がなくなっちまうだろって話をしてんの。わかれよ、そんな簡単なこと。バーカ!」

 父親はむきになっていた。あまりにあからさまな態度を前に、これ以上、わたしは娘であることを続けられそうになかった。そのため、思わず、

「はあ。バカはそっちでしょ。低収入のくせに」

 と、言ってしまった。すると、効果はてきめん、父親は早速大いにたじろいだ。

「なんだよ。それ」

父親の収入は少ない。それはたしかな情報だった。高校三年生の夏、わたしは学生支援機構の奨学金を申し込んだのだが、そのとき、世帯主の年収を明記する必要があり、わたしは単身赴任中の父親にその旨を伝えた上、

― 源泉徴収を写メで送って欲しい

と、なんの気なしにメールを送った。数秒後、返事が届いた。

― なんで

突き放すような疑問文を手のひらの上で持て余し、わたしは途方に暮れてしまった。すでに説明はし尽くしていたので、どう答えたものか、さっぱり見当もつかなかった。しょうがないからこちらでなんとかしようと思って、父親の収入について母親に聞いてみた。ところが、母親は知らぬ存ぜぬの一点張りで、なんの役にも立ちそうになかった。気は進まなかったけれど、父親に改めて、あくまで事務的な質問なんだと弁解。もう一度、源泉徴収の写真を要求してみた。今度の返事は時間がかかった。二週間ぐらい経った頃、

― 再発行を頼むのに時間がかかってしまった

と、適当な言い訳が添えられて、希望通りの画像が届いた。額面にして三六〇万。それが父親の年収だった。



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