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今日のジャズ: 6月4日、1994年@ブルーノートNY

June 4, 1994 “Imagination”
by Keith Jarrett, Gary Peacock & Jack Dejonnette at The Blue Note, New York City for ECM (At the Blue Note)

人気で集客力があるため、本国アメリカでも普段はホールなどの大きな会場で演奏する事の多いキースジャレットトリオにしては大変珍しい、ニューヨークのジャズクラブ、ブルーノートでの録音。豪華な東京ブルーノートを基準とすると、面積も収容人数も200人とほぼ半分、天井もそれほど高くなく、装飾も質素で狭い。昔のブルーノート東京に近い感じ。入場料はアーティスト次第で大きく前後するが、高くて同水準、大半が半分程度、安ければ三分の一程度と、本場ならではのリーズナブルさがあって敷居も低く足を運び易い。

ブルーノートNY
ブルーノート東京

この演奏は、キースジャレットのスタンダードトリオの週末三日間にわたる合計七時間超の公演を六枚組のCDに納めたドキュメンタリー的なボックスセットの中からの選曲。録音当日は、禁煙、飲食の提供も無し、というセンシティブで完璧主義者のキースらしい徹底した環境が用意されたそう。立ち会えた観客は一生自慢できるような貴重な機会。レコーディングもあるので、観客も慎重に人選されたのかもしれない。

本ボックスセットの録音からはマンハッタンの初夏の活き活きとした雰囲気を感じ取ることが出来るし、演奏も各メンバーの最盛期で好調、極めて質が高く、観客の反応を含めた臨場感も素晴らしくて六枚を通して聴いても全く飽きない。全38曲のうち重複は三曲のみという選曲も一つの理由。その中でも特にお勧めなのが本演奏を含む中日の第二セットを収録した四枚目。

冒頭曲のスタンダード曲、"How Deep Is the Ocean?"、続く"Close Your Eyes"とトリオによる三者三様の密なやり取りを含めた極上のパフォーマンスが繰り広げられ、本曲に至る迄の、バンドと共に観客が熱気を帯びた盛り上がる過程も記録されている。

普段は饒舌な演奏が多いジャレットの無駄を省いた原曲に忠実でシンプルな演奏、そこに融合する純粋で美しい旋律を繰り出すベースのゲイリーピーコック、そしてドラマチックなジャックデジョネットのシンバルを大音量で浴びて全身で感じたい。

内面に熱い炎を灯したようなジャレットのこらえながらの雄叫びを交えた盛り上がりと的を得た粋な伴奏、ピーコックの一切の過不足の無い絶妙な好演もあるが、息を呑むように静まり返った会場が演奏後に拍手に包まれる大きな要因の一つはデジョネットの産み出す旋律を追う、シンバルのみで構成されたパーカッションにある。

ある程度音量を上げないと、このトリオの全貌を捉えた演奏は耳に伝わって来ず、一聴しても、その良さが芯から伝わら無い箇所があるので要注意。オーディオ的には右手と左手側に分かれた定位がセットされているシンバルの音を追いかけると愉しめる。

ドラムを味わったら次はベースのピーコックに耳を澄まして欲しい。基本、このトリオでは、燻銀的な立ち位置ながら、ここでは何と美しく情に訴える詩的な、言葉を一つ一つ丁寧に選ぶ無駄の無い凝縮されたメロディーを奏でるのだろう。ベースの音も嫌味なくフラットに捉えられていて、生音を忠実に味わえるのが好感が持てる。

そして、ジャレットのピアノの音が、どことなく、甘く包み込まれているような、しっとり感がある。基本的に鮮明でフラットな音質のECMだが、狭い空間が原因なのか空気が若干湿り気味の響き方をしている。それは、会場の特性と季節的な空気感、そしてここに至る流れの中で会場の熱気がもたらしたものでは無いか。一曲目のピアノの鳴りや響き方とは楽器の暖まり方を含めて、僅かながらに印象が違う。その録音には観客が息を飲んでトリオの演奏を聴き入るような緊張感も伝わってくる。

この後の五曲目に「エクステンション」と呼ばれる原曲の延長線上に展開されるアドリブを含む"I Fall in Love Too Easily/The Fire Within"が収められていて、本アルバムのクライマックスとなる。その録音では会場全体がトリオと同化して最高潮に達する熱気に満ちた親密な空気感がムンムン伝わってくる。これもまたトリオによる稀代の名演で、27分を超える演奏にも関わらず、時間を忘れて聴き入ってしまう。

本トリオの演奏は日本を含めた世界各地で多数のライブ録音が残されているが、個人的にはパフォーマンス、選曲、そして録音の品質の総合的な観点から本作がベストの一枚、ベストのボックスセットと考える。同じくエクステンション演奏のある同日一セット目の"You Don't Know What Love Is/Muezzin" を含んだ三枚目もお勧め。

大天才のキースが何故このトリオを40年近く続けてきたのか、続けられたのか、が、この演奏で理解できる。三人の掛け合わせで高度な化学反応が生み出されて留まることがない。

多くのスタンダード曲を生み出したジミーヴァンヒューゼン作曲で、グレンミラー楽団とトミードーシー楽団の録音で有名となった。ヒューゼンの名パートナーであるバークによる歌詞は、実らぬ片想いを両想いにする事は想像すれば出来るけど決して叶わない、というような内容で、演奏からもその恋焦がれた感が伝わってくる。締め括り方も秀逸。

制作側の布陣はECMの数多の名盤を産み出した王道の組み合わせ、バーバラヴォユルシュのジャケットデザイン、コングハウクの録音。その二人の解説は、このトリオの別演奏と共にこちらからどうぞ。

最後に、このトリオの初期の演奏を聴きたい方は、先のECM王道の組み合わせを含めた、こちらのスタジオ録音もどうぞ。

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