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今日のジャズ: 4月21日、1990年@ニューヨーク

Apr. 21, 1990 “Bemsha Swing”
by Keith Jarrett Trio with Gary Peacock & Jack DeJohnette at Town Hall, NYC for ECM (THE CURE)

※音源が見当たらない為、同アルバム三曲目の別曲、”Woody’n You”をお聴きください

現代の天才ピアニスト、キースジャレット「スタンダーズ」トリオによる90年代のニューヨーク、数ある名録音を生んでいるタウンホールでのライブ録音源の冒頭曲。

キースは、80年代からのジャズ原点回帰をピアノトリオによるスタンダード曲の演奏で実践、ジャズ界全般に定着させた功労者でもある。

欧州に拠点を置くECMレーベルの特徴である耽美な透明感を捉えた録音。本作は特に全体を通してピアノとドラムの空気の共振感を伴う響きが、その残響と共に大きな会場での立体的な音場感を再現している。それは、ECMを代表するエンジニア、ノルウェー出身のヤンエリックコングハウクが手掛けた録音によるところが大きい。

そして本アルバムジャケットのデザインは、これまたECMレーベル作品を200ほど手掛けたというドイツ人女性、バーバラヴォユルシュによるもの。

この組み合わせはブルーノートのヴァンゲルダー録音とリードマイルスのアルバムジャケットという大定番の組み合わせに匹敵する良作を送り出している。キースジャレットのみならず、ECMを代表するパットメセニーのアルバムも複数(以下)。

バーバラウォルシュによるECMジャケット

このトリオはスタンダード曲とその延長線で展開されるアドリブを演奏する基本的な決まりはあるものの、何の曲を演奏するか、事前にほぼ決めておらず、リーダーのキースが演奏前に頭出しするか、冒頭で紡ぎ出すソロピアノのメロディーから、ベースとドラムが曲を認識して、「よーい、ドン」とトリオ演奏に突入するというスタイルだそう。そのためか、本作の冒頭の頭出しと土台を形成するスリリングな展開のキースのソロ演奏は1:30秒程と長い。

トリオ演奏に入ってから、作曲した奇才セロニアスモンクのトリッキーな旋律を、キースは普段よりも更に熱く激しく、ドラムとベースの止めどもなく溢れるタイトでメロディックなリズムを後ろに「にぃにぃ〜」唸りながら、そして体を激しく動かしながらドラマチックな旋律を紡ぎ出す。

この唸り声を演奏の一部と受け入れられるかどうかが、キースの音楽を楽しめるかどうかの分岐点となる。キースは大抵の場合、気分が高揚した際に声を発するので、リスナーからすると音楽が程良い感じで盛り上がったタイミングでダミ声が混じって水を差すことになり、普通なら興醒めしてしまう。自身も最初は生理的に受け付けなかった。

では、どう克服するか。個人的に見出した処方箋は、「一緒に唸り、叫ぶ」こと。天からメロディーが降ってくる、というキースの追体験は無理としても、一緒に「ニィニィ」や「アー」と唸って身体を揺らす事で、その感情の起伏を享受し、唸りも表現の一部として受け止められれば、キースと一体化して、その音楽が愉しめるようになる。2:25以降から約二分半と6:30から二十秒程続く唸り声の箇所で是非試してみて欲しい。

それこそジャズなので、更に一歩踏み込んで、リスナー側として、アドリブ的に感情に任せ、キースに構わず、音楽に合わせて気の赴くままに「アー」とか「グゥ〜」とか心の声でも良いので叫んでみると意外と楽しめる。

本ライブ会場となっているタウンホールは、1921年1月21日開場のマンハッタン、タイムズスクエアに程近い老舗の施設。こちらでは、本作以外にも幾つかのライブ音源が録音されている。写真から見てもかなり広い空間という事がわかる。

正面入口の写真
セロニアスモンクの1959年2月28日の作品
ビルエバンス1966年2月21日トリオ作品
辣腕ミュージシャンの1998年3月20日作品

オーディオ的には先の大会場の空気感の再現に加えて、デジョネットのシンバルを如何に響かせるか、にこだわりたい。冒頭曲という事からか楽器が暖まっていない硬い響き方から、演奏の盛り上がりと共に徐々に熱みを帯びて来くる変化に加えて、2:07と2:09に「チャーン」「カーン」と鳴る高音シンバルが、如何に頭上に抜けていくか、が一つの指標になる。それは、ワサビが鼻をツーンと頭上に抜けていくような感じ方に似ているかもしれない。

それにしてもデジョネットの、ドラムの使いまわし方やリズムの取り方のバリエーションの多様なことには驚かせられる。これがキースの好調なパフォーマンスの源泉にあるとみる。そしてそんな時は、意識して埋もれ気味なベースラインを追うのが、ジャズの愉しみ方。ゲイリーピーコックのベースは目立たないが奥が深くて何度聴いても味わい深い。

最後に、キースジャレットトリオ、バーバラヴォルシュ、ヤンエリックコングハウクの組み合わせに興味を持たれた方は、こちらもどうぞ。

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