【続: 完結版】易経由来のジャズとロックの名曲
この記事は、中国の古典『易経』に触発されて作曲されたジャズとロックの名曲について記述した以下記事の続編、完結版になります。先ずは、以下をお目通しの上で、本記事をお読みになることをお勧めします。
先の記事では、チックコリアによるピアノトリオジャズ屈指の名盤で56年前の今日、3月14日に収録された”Now He Sings, Now He Sobs”と、ビートルズのジョージハリスンによる名曲、エリッククラプトンが登場する”While My Guitar Gently Weeps”が共に『易経』にインスパイアされていて、もしかすると、その中の同じ箇所を参照する形で生み出されたのでは無いか、との推論を展開してみました。奇しくも前者は1968年12月、後者は”White Album”内の一曲として同年11月22日とほぼ同時期にリリースされています。前者のアルバムからの曲紹介は以下をご覧ください。
『易経』は古代中国の書物である事から、翻訳者、出版社やその版によって異なるバージョンが存在していて、コリアとハリスンがそれぞれの拠点である米国と英国で異なる出版社の異なる翻訳版ながら、偶然の産物として同じ箇所に触発されたのでは無いか、という大きな妄想の話でした。
事実関係を知りたくて、その後、時間を見つけては、あてもなくネット上で検索を続けていたら、手掛かりとなる決定的な証拠を見つけましたので、ここに報告しておきます。その手掛かりは、あの有名なオークション会社、クリスティーズのウェブサイトにありました。
ハリスンが、師と仰いだインドのシタール奏者の第一人者、ラビシャンカールに1966年のクリスマスにプレゼントとして手渡したサイン付きの『易経』英訳本が、2022年に開催されたオークションにて、10,080米ドルで落札されていた事実を発見したのです。
そして、その本は、私の推論からは外れて、チックコリアが手にしたかと思われる書籍と同じ翻訳者による別の出版社による重版、だったのです。
“The I Ching or Book of Changes” Translated by Richard Wilhelm and Cary F. Baynes, with foreword by Carl Jung. London: Routledge and Kegan Paul Ltd, 1965.
両曲が録音された1968年(前者が3月14日、後者が9月5日)という時期からすると、コリアもこちらの版を手にしていた、と考えるのが自然かも知れません。
という事で、両曲が『易経』の特定の箇所に触発されて生まれたとするならば、別の部分と考えるのが妥当、という結論に至りました。
すると、ハリスンが作曲にあたって、参照したであろう箇所は何処か、という点を推測したくなります。同書で、”weep”という単語が登場するのは他に以下二箇所あります。
13. 天火同人
“Men bound in fellowship first weep and lament, But afterward they laugh.”
「志を同じく協調すれば成功する」
56. 火山旅
“The wanderer laughs at first,
Then must needs lament and weep.”
「あてもなく一人彷徨い落ち着かない」
当時のビートルズが仲違いで解散の危機に瀕していた状況からするならば、前者の好転を期待するものとも、後者の心情を表したものとも解釈出来そうです。改めて”While My Guitar Gently Weeps”を聴きながら歌詞を見てみましょう。
さて、皆さんのご見解は如何でしょうか。結論を出すのは難しいですが、歌詞のトーンとしては後者に近そうです。
さて、この二つの名曲の別バージョンを聴いてみましょう。先ずはハリスンの息子と豪華ミュージシャンによる“While My Guitar Gently Weeps” のカバーです(2004年に「ロックの殿堂」入りを果たしたハリスンへのトリビュート演奏から)。
そしてコリアの”Now He Sings, Now He Sobs”のオリジナル演奏はこちらです。その引用句の意味合いのように、不安定な人間関係の境遇の中で惑わされないように意思を強く持って冷静を装うようなピアノの展開に表れている気がします。
そして、本人による、オリジナルとは別の世代を跨いだジャズ界を牽引する辣腕メンバーでのトリオによるライブ演奏(2010年10月11日@オークランド)がこちらです。ライナーノーツには、コリアが他メンバーに請われて、疎遠になっていた本曲を演奏することになったという経緯が記載されており、ベースとドラムの音からコリア張本人と演奏する悦びが感じ取れます。
妄想はここで終了とさせて頂きますが、今回の調査の過程で発見した二点に触れておきます。
先ず一つ目は、ラビシャンカールです。ビートルズが東洋思想に傾倒する中で出会い、その曲にシタールを採用するまでに影響力を及ぼした音楽界の大物です。
シャンカールは、自身の音楽のみならず、後世に偉大な遺産をもたらしています。それが、現代女性ジャズボーカルの第一人者、娘のノラジョーンズです。その偉大なる遺伝子が現代の音楽にも引き継がれてジャズの発展に貢献している事に感謝です。
その縁なのか、ノラがハリスンのビートルズ時代の別の名曲、”Something”を2014年に開催された”George Fest”で、歌唱している映像がありましたので、ご興味があればご覧ください。
もう一つは、先のサイン付き本の序章を手掛けて表紙に名前が記載されている”C.G. Jung”です。分析心理学(ユング心理学)を創始したスイス人精神科医・心理学者のカール・グスタフ・ユング、というとお分かりになる方がいらっしゃるかも知れません。先の『易経』をドイツ語に翻訳したリヒャルト・ヴィルヘルムと親交があり、序章を手掛けるに至ったようです。この方、かの有名な『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年発売)のアルバムジャケットに登場しています。
ユングが何処に居るのか、他の面々は誰なのか、ご興味ある方は、こちらの解説をご覧ください。
推論は外れ、何処に着地するのかも分からず脱線しまくりましたが、幾つかの発見がありました。『易経』の音楽への影響については、これにて終了とさせて頂きます。最後までお付き合い、どうも有難うございました。
因みに、謎解きが好きな方は、こちらもどうぞ。ジャズピアノソロアルバムの代表作、キースジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』のアルバムジャケット写真は、ケルンでの演奏時の写真では無かった(ほぼ間違いない)、という話です。では、それが何処なのか、興味がある方は是非ご覧ください。
最後に、コリアのトリオ作品をもう少し味わいたい方は、こちらの”Now He Sings, Now He Sobs”のオリジナルメンバーによる時を経た演奏をどうぞ。
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