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実際のところ地球温暖化?寒冷化?「人類と気候の10万年史」を読む

「数万年前と比べて気温がどうのこうの」「100年後にはどうのこうの」なんて言葉をよく聞くが、そもそも何故そんな昔の気温がわかるのか? 何故未来の予測ができるのか? 最近の気候変動が大変なことになってるって本当か? なんて疑問が湧いてくる。

気候について考える上で理解しておきたい基本情報を教えてくれるのが講談社ブルーバックスシリーズの「人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか」だ。ブルーバックスというだけあって、初学者でも問題ない内容になっている。私も気候については畑違いだがある程度は理解できた。
さて、本書について語っていこう。


グリーンランドの氷床

グリーンランドという島がある。世界地図の右上の方にあるオーストラリアよりでかい島だ。嘘だ。

グリーンランドは北大西洋に位置する氷に覆われた島だが、この氷がポイントとなる。海水が凍って出来たわけではない。降った雪が積もりに積もって押し固められたもので、氷床と呼ばれる。毎年降った雪が凍って出来たものなので、地上から深いところの氷は数万年も前に降った雪である。この氷床を掘り出して分析することによって当時の状況を知ることができる。
このグリーンランド氷床の研究によって、はるか昔の気候条件を知ることができるが、万能というわけではない。

まず、1つの場所だけのデータを完全に信頼していいのかわからない。遠く離れても同じ空の下、とは言うもののグリーンランドで起きた気候変動が日本でも起きていたと断言できるだろうか? それに、グリーンランドは歴史上あまり人間活動が多い場所ではなかった。気候変動は人間生活との関わり合いで問題になることがほとんどだ。多くの人が暮らす場所、日本で解析を行う利点はそこにある。
しかし日本にグリーンランドのような氷床はない。そこで着目したのが湖だ。地上の土は植物の根や虫に荒らされ地層が破壊されるが、湖の底なら水で覆われて守られている。もちろん湖ならどこでもいいわけではない。湖底にちょうど生き物が存在せず、濁流が流れ込まず、堆積物が汚されない湖を探し求めていた。


日本の水月湖

それが福井県にある水月湖である。研究者によって理想的とも呼べる環境。なんてことはないただの湖に見えるが、見る人が見れば奇跡の湖だ。
水月湖の湖底には独特の堆積物があった。縦に切ると縞模様が見える。その縞1つずつが1年1年溜まった堆積物だ。これを年縞と呼ぶ。
年縞自体は他の湖でも見られるところはあるが、それが7万年分も溜まっているのは水月湖をおいて他にない。さらに、年縞がない時代も含めれば15万年分にもなる。ここまでくると人類の歴史の大部分をカバーしていると言っていいだろう。

それをどうにかして回収し、つなぎ合わせ、他のデータで補正し、見事15万年のカレンダーとなる地質データを手に入れた。
1行で書いたが、この作業を進めるにあたってものすごい苦闘が語られていた。研究者の方々にとっては地道な作業で辛かっただろうが、読んでるこちらは興奮した。

その堆積物から、過去を再現していく。具体的には、地層に含まれる花粉の化石を観察する。花粉は頑丈な物質で出来ているため、数万年でも形を保っている。その花粉を観察し、分類し、樹種ごとの構成比を出す。すると当時の水月湖の周りの植生がわかる。ある時代はスギが多くて、別の時代はヒノキが多いなど、パターンがある。

森が多い日本に暮らしているとなんとなく想像できるが、北海道の森と九州の森は違う木が生えている。水月湖のある時代の花粉が現在の北海道っぽいパターンなら北海道の気候、九州っぽい花粉パターンなら九州の気候だったと見積もることが出来る。
つまり、日本各地の森の地表に降り注いだ花粉データを集め、その場所の気候と関連付け、水月湖の花粉データと合わせる。そうやって15万年の気候データを再現するのだ。

気の遠くなるような大変な作業。ものすごい研究の結果、たどり着いた気温変動データ。我々はそれをただ見るだけだが、このグラフが面白い。それは是非本書で楽しんでもらおう。
この15万年で現代が一番暖かく、最も寒い時期では10℃低かった。単純な右肩上がりのグラフではなく、上下に大きく波うっている。暖かい時期と寒い時期がやってきて、決して一定なわけではない。
地球温暖化と聞くと人間のせいで気温が上昇して平穏だった地球は大迷惑! みたいなイメージが語られたりするが、そういうわけではない。地球は結構気分屋で、人間の活動がまだ大きくない時点でも温度が大きく変動していたことがわかる。
そして、温度変化のパターンは夏の日射量と対応していることがわかった。夏の日射量が増えれば気温が上がり、少なければ気温は下がる。この15万年にもその傾向があるが、大きく外れたのが約8000年前だ。
あれ、結構前だな……。

この現象を説明する結論はまだ出ていないが、1つの仮説は人間の水田農耕や森林伐採にあるという。


二酸化炭素、温暖化、寒冷化

私は産業革命以降の大量生産社会で二酸化炭素濃度が増加したと学んできたが、どうやらそれは部分的な真実のようだ。
氷床の研究に戻るが、氷床からは二酸化炭素やメタンの濃度もわかる。そしてそのパターンはミランコビッチ理論によって説明出来る。理論の解説は本書にあたってほしいが、理論では現在にかけて温室効果ガス濃度は低下していく傾向にあった。その傾向と逆行する二酸化炭素濃度の上昇が8000年ほど前から見られる。
なるほど、人類が農耕や森林伐採を始めた時からもうすでに温暖化が始まっていた。もしそうでなければ氷期が来ていたかもしれない。人間の活動によって、来ていたはずの氷期を回避したとも仮説は言う。なんとも壮大な話だ。

だからといって「二酸化炭素最高! 温暖化対策なんてしなくてOK」とはならないのが面白いところ。

まず1つ、本書を買って見ていただけたら分かるが、この二酸化炭素濃度グラフ(図6.3)の縦軸の上端が290ppmであることに留意されたし。このグラフでは省略されているが、現在は大体400ppm前後で、実際にはさらに大きな急上昇がここ数百年見られている。それが現在言われている温暖化なるものだろう。温室効果ガスの濃度上昇は人間の農耕とともに始まったが、産業革命以降それがより加速したと私は捉える。

そしてもう1つ、こちらの方が重要。本書でも強調される気候の安定性についてだ。これについては著者の中川毅が2022年1月に受けたインタビューがわかりやすいので引用しよう。

私は温暖化してもかまわないと言っているが、それはあくまで温度が高くても構わないということであって、温暖化の副産物として気候が不安定化するのであれば問題だ。それをテクノロジーによって避けることができるのであれば避けた方が良い。そのため温室効果ガスに関して言えば、やはり削減すべきだと考えている。温室効果ガスを適度に排出し続けることで氷期に対抗し、適度な気温を保ち続けられるだろうと考えるかもしれないが、人間による温暖化と地球本来の寒冷化のプロセスがぶつかり合うことになり、気候が不安定化してしまうリスクがある。気候は変動を続けるのが本来の姿なので、今と似た安定な時代を長引かせたいのであれば、それは簡単なことではない。

金融ファクシミリ新聞 https://www.fn-group.jp/2762/

本書は色々なことを語っていたが、気候変動について言いたかったのは、あくまでも気候の安定性だと思われる。氷期なら氷期でよし、温暖なら温暖でよし。それが数年のスパンで入り乱れるのが最も困る(もっとも、人間にとっては、だが)。


これからの時代について

エピローグでは次に来る時代についての考察が述べられる。温暖化が進行するのか、あるいは人類の活動が引き金になって気候が暴れ出すのか。それについてはわからないとし、断言を避けている。「温暖化がヤバイからCO2削減しよう」「寒冷化がヤバイからCO2出そう」というような、聞き心地のよい0か1かの結論は出さない。これは実に科学的な態度だといえる。素晴らしい。

さて、不安な未来にどう立ち向かうか。本書はいたずらに不安を煽らず、楽観的な思考材料として人間の適応力と多様性を示している。

世界にはじつにさまざまな知恵を持った人たちがいる。気候が暴れる時代に、狩猟採集民が多様な生態系の中から食料を見つけていたように、私たちは多様な思考の中から解決を探すことになる。参考になる知恵とライフスタイルの数は、多ければ多いほど望ましい。

中川毅 人類と気候の10万年史 講談社ブルーバックス

集団としての結論をひとつの方向に定めてしまうことは危険だ。環境に適応しすぎてしまうと、別の環境に移った時に弱い。オルタナティブとしての多様性が求められる意義はそこにある。

サムネイル画像はamazon.co.jpの商品ページから。

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