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小説シリーズ

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2021年11月の記事一覧

ランドマーク(114)

ランドマーク(114)

 次に顔を上げたとき、わたしは中空にいた。ふわり、ふわりと、パジャマが風をはらんでいる。わたしの乗っていた鉄の箱が眼下にあった。どうして?強烈な風のせいで、目を開いていることさえままならない。想像力が翼を広げたのか、なんて空想はすぐに吹き飛ばされてしまった。イカロスの伝説を思い出す。誰がもいだか翼はなく、わたしは空気抵抗と重力のせめぎ合いへと投げ出される。落下する人間とイカロス。なんてありきたりな

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ランドマーク(115)

ランドマーク(115)

 やっぱりまだ、死にたくないな。無数の記憶が頭に浮かんでは消えていった。自由落下なんていうくせに、わたしに生を選ぶ自由は残されていないようだ。泣いているのか叫んでいるのか、自分でもまったく分からなかった。いくら涙を流したって、この風ではまっすぐ地面へ落ちていくことさえできない。それにいくらわたしが叫んだって、その声を聞く他の誰かは世界中のどこにもいない。

 地表まではまだ遠い。わたしが飛び立った

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ランドマーク(116)

ランドマーク(116)

 わたしは一度通り抜けた雲の中を落ちていった。世界と世界の間に挟まったのだと思う。落下を続けるうちに、上下の感覚が曖昧になっていった。一度まっすぐに上っていった道程を、今度は生身のままで引き返していく。天からも地上からも、わたしという存在が拒絶されてしまったようだ。わたしの居場所は、かつては白い部屋だった。そう、今朝までは。また元通り、すべてが終わってから、またあの掛け布団に潜り込んで、鬱々とした

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ランドマーク(117)

ランドマーク(117)

 猛烈な眩しさに引き戻される。はたと思い至る。わたしは宙に浮かんでいた。この表現は正しくない。だってわたしはさっきからずっと、意識を取り戻す前から、空を漂ったままなのだから。落下速度、それが唯一の違い。背中が何かに強く引き付けられるような感覚があった。

 振り返ると、わたしの背中から生えていたのは、翼ではなくパラシュートだった。いったいいつ、わたしが非常用パラシュートを身に付けていただろうか。振

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