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ランドマーク(114)

 次に顔を上げたとき、わたしは中空にいた。ふわり、ふわりと、パジャマが風をはらんでいる。わたしの乗っていた鉄の箱が眼下にあった。どうして?強烈な風のせいで、目を開いていることさえままならない。想像力が翼を広げたのか、なんて空想はすぐに吹き飛ばされてしまった。イカロスの伝説を思い出す。誰がもいだか翼はなく、わたしは空気抵抗と重力のせめぎ合いへと投げ出される。落下する人間とイカロス。なんてありきたりな対比だろう。そのありきたりな非日常に当てはめられているのは自分自身だった。そのことがたまらなくおかしい。やっぱり頭から落ちるんだ。たっぷり中身の詰まったあたま。わたしは笑う。こんなにも楽しいことが、今まであっただろうか?爪先は宙天を差したまま、どんどんと藍色から離れていく。瑠璃色への回帰。まるで地球が、わたしと離れたくないと叫んでいるかのよう。ごうごうととめどなく耳を擦る大気のせいで、わたしの耳は燃え上がってしまいそうだ。

 遊泳を楽しむ間もなく、欲求が身体の底から突き上げる。生への執着。縋るべき藁は見つかるはずもない。雲を掴むような、ね。終端速度まで加速していくこの身体にとって、わたしができることの一切は無意味なものだった。

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