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小説シリーズ

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2021年9月の記事一覧

ランドマーク(94)

ランドマーク(94)

 友人でもなければ家族でもない。数時間前にわたしの傷口を何食わぬ顔で踏みつけていった人間。藁にもすがるとはいうが、今のわたしにとって舘林は藁以下の存在だった。なによりもこいつが、こいつが何の自覚もないまま死者を侮辱していることが、わたしにはどうしても許せなかった。世論や一般常識の話をしているんじゃなくて、わたしはわたしの話をしているんだ。わたしはわたしの意志で、このクラスメイトに怒りをぶつけようと

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ランドマーク(95)

ランドマーク(95)

「立てるよ・・・・・・」やりきれない気持ちをもてあましたまま、わたしは強がりを口にする。

 頭も身体も、わたしがハンドルを握ることを拒否しているようだった。踏み出す一歩はセメントがまとわりついたかのように重く、舘林の目の前でわたしはふらつく。おそらく軽い熱中症だろう。湿度が高いせいで汗が十分に蒸発せず、体温調節ができなくなっているのだ。

「・・・下で救助呼んでくればよかった」その様子を見かねた

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ランドマーク(96)

ランドマーク(96)

 それから舘林に半ば背負われるような形でわたしは下山を果たした。幸いなことに、舘林が現れてから雨足は弱まった。もはやBGMの一部と化していた雷鳴も嘘のようにぱたりと止み、わたしたちは奔流で潤った涸れ沢を辿るようにして麓を目指した。

 舘林はわたしに対してなにも言わなかった。多弁な彼が口をつぐんでいるということは、おそらくわたしに対して気を遣ってくれているのだろう。普段ならば心配の言葉も掛けない舘

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ランドマーク(97)

ランドマーク(97)

 終点にて電車は乗客を吐き出していく。わたしたちは席に着いていたわけでもないのに、車内に残る最後の二人になった。人混みに紛れるのがためらわれたのがひとつ、あともうひとつは、わたしはどういうわけか、この時間が終わってほしくないと、そう願ってしまっていたから。わたしはわたしに驚いた。押し寄せる倦怠感に身を委ねてしまいたくなったのかと推察してみたが、そうではないと気付く。まったくもって望んでいなかった結

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