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ランドマーク(96)

 それから舘林に半ば背負われるような形でわたしは下山を果たした。幸いなことに、舘林が現れてから雨足は弱まった。もはやBGMの一部と化していた雷鳴も嘘のようにぱたりと止み、わたしたちは奔流で潤った涸れ沢を辿るようにして麓を目指した。

 舘林はわたしに対してなにも言わなかった。多弁な彼が口をつぐんでいるということは、おそらくわたしに対して気を遣ってくれているのだろう。普段ならば心配の言葉も掛けない舘林に多少なりとも不安を覚えるところだが、今のわたしには沈黙が必要だった。自分の中でさえ幾多の感情がせめぎ合っている。舘林に対してどのような表情で接すればいいのか、外側へ意識を向ける余裕はどこにもなかった。身体の節々は重心を移動するたびにパキパキと痛む。関節という関節が熱を持っているようだった。

 先客たちのじっとりとした視線をよそに、泥と雨にまみれたわたしたちは電車へ乗り込んだ。乗り換えなしの二十分、それがとてつもなく長く感じる。上りということもあり車内は空いていたが、ずぶ濡れの身体で腰を下ろすのはためらわれた。舘林は時折わたしに向かって物言いたげな視線を投げかけていたが、一向にわたしが目を合わせようとしなかったからか、しまいには諦めたように背を向け、車窓から雨に煙る田んぼを眺めていた。

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