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ランドマーク(94)

 友人でもなければ家族でもない。数時間前にわたしの傷口を何食わぬ顔で踏みつけていった人間。藁にもすがるとはいうが、今のわたしにとって舘林は藁以下の存在だった。なによりもこいつが、こいつが何の自覚もないまま死者を侮辱していることが、わたしにはどうしても許せなかった。世論や一般常識の話をしているんじゃなくて、わたしはわたしの話をしているんだ。わたしはわたしの意志で、このクラスメイトに怒りをぶつけようとしている。満身創痍もいいところだが、その倦怠感がかえってわたしの怒りに火を付けた。どれだけ雨に打たれようとも消えない炎。目に見えない感情の比喩。

「おい、おい、大丈夫か」舘林は、(何も知らない)舘林はわたしに呼びかける。わたしの意識ははっきりしているが、目を開ける気にはなれなかった。

 後天的に獲得した良心がわたしの胸を締め付ける。受け入れられない人間がわたしに向け善意。欲しくもないプレゼントを笑顔で手渡されたときの感覚とよく似ている。どのようにして取り扱えばよいのか、まったく見当も付かない。

「立てるか」舘林の名を口にしてしまった手前、気を失った振りをするわけにもいかない。だからといって、こいつに担がれて(はたして可能なのかは不明だが)めでたく下山ってのもひどいシナリオだ。

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