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ランドマーク(95)

「立てるよ・・・・・・」やりきれない気持ちをもてあましたまま、わたしは強がりを口にする。

 頭も身体も、わたしがハンドルを握ることを拒否しているようだった。踏み出す一歩はセメントがまとわりついたかのように重く、舘林の目の前でわたしはふらつく。おそらく軽い熱中症だろう。湿度が高いせいで汗が十分に蒸発せず、体温調節ができなくなっているのだ。

「・・・下で救助呼んでくればよかった」その様子を見かねた舘林がそう口にする。

 情けない。腹立たしい。街着とスニーカーでここまで来たやつなんかに、心配されるなんて。わたしだけの、わたしと父さんと母さん、それから母さんのお母さんだけの、この山。もちろんそれがまやかしだってことはわかってる。でも違う。ちがうんだ。わたしの中の記憶、そこにはわたしの家族しかいない。この山に足を踏み入れるときぐらいは、せめて、独り占めさせて欲しかった。

 オーバーフロー間際になるときまって頭はなめらかに回り出す。新しい感情だ。わたしは死人への敬意を欠いた振る舞いに苛立っていたんじゃない。わたしだって腹の底ではそう思ってるんだ。わたしは父のために弔いをしようとしているわけじゃない。わたしはわたしのためにこの山に来た。ただそこに、自分の望まない人間、招かれざる客がいる、そのことが許せなかった。わたしのためにあるはずのこの山で、わたしの意図しない行動を取られたくなかった。なるほど。どこまでも自分本位なんだね。わたしは。

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